ナスタチウム










例えば、こんなことがあった。






真選組の一員となったとは言え、病み上がりな上に長年使っていない腕は、錆びてこそいないが、勘が鈍っているのは確かだった。
前衛にはまだ出せない、そう判断を下した土方にが反抗するはずもない。
事実、少しでも走ればすぐに息の切れるナマクラな体は、使い物にならなくて逆に笑えた。


隊に組み込まれるまで小姓のような仕事をした。
刀を持って訓練する以外の時間は、土方の書類整理の手伝いや、勘定方の助っ人に回ったり、時には女中の手伝いまでした。




そんな折だった。




時間が空いたので玄関を掃いていた。丁度郵便が来たのを受け取って、隊士の部屋に配ろうと箒を立てかける。
事務的な文書や広告紛いの葉書が混じる中で、は1通の白い封筒を見つけた。宛名には几帳面な字で沖田総悟様、とある。裏を見ると沖田みつば、と名があった。
あまり沖田の家族の話を聴いたことはなかったが、自分の知る“沖田総司”と照らし合わせて考えてみるなら、おそらく沖田の姉であろうと推察出来る。

沖田の部屋へ行くとそこはもぬけの殻で、見廻りの当番表を思い浮かべてみても、沖田はこの時間帯屯所にいるはずである。昼寝スポットである松の下だろうか、と踵を返した所で丁度今帰ってきた風の沖田に会った。
沖田隊長お手紙ですよ、言って白い封筒を差し出すと、沖田はいつもの無表情を少し、ほんの少しだけ緩めて、おう、と一言、手紙を受け取って部屋に入っていく。
今見た沖田の表情に一瞬は驚いて、それから少しだけ表情を緩めた。











「沖田隊長でもあんな顔をするんだな、って思ってな」

久しぶりに飲みに出た先で、山崎に昼にあったことを話した。
沖田が垣間見せた歳相応の表情に、は何ともいえない気持ちを覚えたからだった。
俺もよくは知らないんだけど、と前置きをして、なんか武州に姉君がいるらしいよ、と山崎は言った。
江戸に出る際にやはり田舎に姉を置いてきたのだ。

「近藤さんの奥方や娘さんも武州においでなんだろうな。――会ってみたいもんだ」

沖田の姉君が武州にいるのだから、近藤の奥方や娘もそうなのだろうと思った。

近藤勇の奥方には良くしてもらっていた。あれでなかなか芯の強い人で、沖田の姉のみつを伴って京まで上ってきたような人だ。あの時は妾と奥方が鉢合わせしてしまうちょっとした騒動があったが、あれも今となってはいい思い出である。

近藤勲の奥方にも是非会ってみたい、そう思って何気なく言ったの一言だったのだが、山崎は“頭大丈夫か”と言わんばかりに変な顔をしてを見返していた。

「何言ってんのさ。近藤さんはまだ独身だよ。、もう水にしときなよ」

あー驚いた。山崎は言ってぐいとコップを空にした。

驚いたのはこっちだ、とは思った。
こちらに来てから色んなことが、前いた新選組とほとんど同じかとても似ているもんだから、無意識の内に以前の人間関係やその人の素性などは、大体同じなのだろうと勝手に思っていた。
事実、それで困ることはあまりなかったのだ。

けれど、それは単なる自分の思い込みであったことにはこのとき、気が付いた。
ストーカーをしている近藤さんを見て一体何人の妾がいるのだろうと思ったものだが、そもそもの根本が間違っていたのだ。
近藤さんに奥方はいない。娘も、いない。
そうなると、もしやみつばさんも結婚していないのでは、と思ったら案の定、そういうことだった。


もといた場所と比べた所で意味はないと頭では分かっていても、無意識の内にどこか重ねてしまうことはあった。
最初の方こそ戸惑っていたが、最近やっと慣れてきたと思ったら、これだ。

まだこちらの世界(、、)の人間になりきれていないことに、は一人、溜息をこぼした。











2011/06/13

なんてことのない話。閑話。
ナスタチウム:「困難に打ち勝つ」