最近、久しぶりに入団してきた人がいた。
入団してきた人は若いのに白髪で、呪われてもいて、左手が赤くて、少し変わった人だ。ついでに言うなら、は、彼が好きになれなかった。







常盤木が見つからない










帰って来た兄が怪我を"そのまま残して"いたことには驚いた。
神田は怪我の治りが早い。その理由の詳細を教えられたことはなかったが、もそれをしつこく聞くようなことはしなかった。ただ、そのおかげでは神田が怪我をしている所をほとんど見たことがない。
船着き場に着いてからすぐ医務室に向かった兄に、は不安な顔でついてまわった。

「兄ちゃん、大丈夫?怪我してる…」
「大したことねぇよ。掠り傷だ」
「でも血、いっぱい出てる…。腕、怪我したの?肩?」
「肩だ。なんともねぇって」

医務室で治療を受ける横では預かった神田の団服を握りしめて治療の様子を見ていた。普段見慣れないにとっては血が"いっぱい"の部類に入るが、神田にとっては本当に大したことはなかった。

門番の叫び声が辺り構わず、例に漏れず医務室にも鳴り響いたのは、看護師が包帯を巻き終えたちょうどその時だった。

「兄ちゃん…!」

すぐに六幻を持った神田にも立ち上がる。団服を渡しはしたものの、引き止めるようなまなざしで神田を見上げた。
今帰ってきたばかりなのに。怪我だってしているのに。

はここにいろ」

団服を羽織って言うが早いか、医務室を飛び出して行った。
ここにいろと言われた。でも、じっとなんてしていられない。は叱られるとかそういうことは全く考えつきもしないまま、焦るように走り出した。否、走りだそうとした。看護師に止められていなければそのまま神田を追いかけていたに違いない。
なんとか医務室に留まったが、それでも気になって、どうやら解決したようだとわかってからは門へ向けて、今度こそ兄へ向けて走り出した。

「呪われてる奴と握手なんかするかよ」

門からすぐ入った所には兄と、リナリーとあともう一人。
見たことのない人間に向かって神田がそう言い放ち、スタスタとの方へ歩いてくる。

「大丈夫だった?怪我してない?」
「あんなヒョロいのに負けるかよ」
「あの人…お役人?入団者?」
「エクソシスト、だと」
「へえ…、新しい人だ」

がアレンを見たのはそれが初めてだった。





次の日の朝には早々に喧嘩をした二人を見て、はアレンを"敵"と認識したらしかった。
にとって兄は尊敬すべき存在であり、守護者と被守護者の関係であり、つまるところ神田は保護者だ。そう言うと科学班の人やエクソシスト達なんかは「神田に保護者は似合わない」と口を揃えて言うが、しかし実際、神田はの世話をよくみている。それが人から見える形ではないことが多いだけで。
は兄を慕っていたし、右も左も分からず不安で仕方のなかったにここのことを教え、側にいてくれたのは他ならぬ神田だ。口は辛いし"弱さ"に対してはとても手厳しいが、本当はひどく不器用な優しさをたくさん持っていることを知っている。にとって、神田は絶対だった。


だから。


「お前、嫌いなタイプだ」


そう言って神田が睨んだ新しいエクソシストを、もまた睨んだ。
その後すぐに任務だと呼ばれて神田が席を立つのでも慌てて後に続こうとして、リーバーにここで待つように言われて肩を落とした。
室長室から戻ってきて、リーバーが言った通りこれから任務で、しかもすぐにでも出立だと神田が告げる。
昨日やっと帰って来たと思ったら今日からまた任務。は無意味だと分かっていても、コムイに文句の一つでも言ってやりたくなった。









「…すぐ帰って来てね」
「それは分かんねぇけどな。お前は無茶すんなよ」
「うん。約束!あたし忘れてない」
「ならいい。行ってくる」
「いってらっしゃい!」

迷惑かけない、そう約束したのはつい1ヶ月ほど前の話だ。
新人エクソシストと共に乗った船はすぐに小さくなった。
















「手伝いましょうか?」

声に振り向いて、は咄嗟にヤな奴に声をかけられた、と思った。
南イタリアのマテールに兄と派遣されていた新人エクソシストだ。名前はなんと言ったか。
兄はすぐ次の任務に向かったのに、この新人だけイノセンスを持って先に帰ってきた。そのまま昨日のコムリン騒動に巻き込まれてしまったのだ、とはリナリーから聞いた話だ。

「…別にいい」

昨日の騒動のおかげで科学班や料理長までもが修理に駆り出されている中、もその手伝いに走り回っている。前が見えない程の資材を危うげな足取りで運んでいた所、声をかけられたのが兄と犬猿の仲である白髪の新人だった。
断ったそばから、一番上に乗っていた角材が落ちそうになるのを新人が受け止める。

「おっとっと…。半分持ちますよ。僕の方が多分、力ありますし」
「…ふんだ」

そっぽを向きながら、それでも大人しく半分から上を新人に渡す。心持ちそちらの方が量が多いように見えるのは気のせいではないかもしれない。

「悪いね、、アレン。食事行ってきていいよ!」

資材を届けると、科学班の面々は汗だくになりながらそう言ってくれた。お言葉に甘えることにしては食堂に向かう。

「…持ってくれて、ありがと。あの…あんたもご飯行くの?」
「あれ、いけませんか?」
「…。…いいけどさ」
「(あ、すごく嫌そうな顔)」

流れで一緒に食事することになりそうだとは思ったものの、一緒に歩いていたはやはりどこか落ち着かない。話もほとんどしたことはないし、しかも兄が"嫌いなタイプ"とまで言った相手だ。正直、どう対応すればいいのか考えあぐねていた。
まだの中で彼は"敵"のカテゴリーの範疇にいた。
兄だったら即座に「嫌だ」と言っただろうな、とは思う。

「僕、アレン・ウォーカーって言います。君は、神田の妹さん…ですよね」

黒い髪、東洋系の顔立ち。正直アレンには東洋人を見分けるのは簡単ではないのだが、それでもその切れ長の目元は神田に似ていると思った。

「そうだよ。あたし、、…わっ」

突然ティムキャンピーが目の前に飛び出して来て、言葉を切って一歩後ずさる。

「ティムキャンピーって言うんだ。よろしくね」
「…ゴーレムなの?これ」
「そうですよ」

ゴーレムにしては、あまりにゴーレム"らしく"ない。にもゴーレムが与えられているが、もっと機械的な動きしかしない。けれど目の前のティムキャンピーは黒ではなく金色で、羽もしっぽもスタンダードなゴーレムとは随分違う。
ぴょこり、右手のような突起物をあたかも"よろしく"とでも言うように上げたのを見て、は目を輝かせた。

「わあ…!これ、触ってもいいか?」
「どうぞ」

動かしている羽を邪魔しないように、そっと下から掬い上げるように両手を差し出す。するとゆっくりと下降してきて、ぽて、とその手の平に乗った。

「いいなあ、かわいい…!――ティム、キャンピー?」
「はい。ゴーレムを見るのは初めてですか?」
「ううん、1匹は持ってるよ。エクソシストは皆持ってる。ほら、こいつ。でも手足もついてないし動物みたいな動きもしないよ、機械が中に入ってるだけだもん。こいつ、なんで他のやつと違うんだ?」
「さあ…ティムは僕の師匠から借りてるものなんです。師匠が創ったらしいですけど…僕も詳しくは」
「師匠?」
「ああ、クロス元帥です。クロス・マリアン、知ってます?」
「くろすまりあん……名前は聞いたことある。会ったことないけど。あ、じゃあさ、じゃあさ、あんたティエドール元帥知ってる?」
「聞いたことないですね…」
「なーんだ。兄ちゃんとあたしの師匠なんだぞ!」

誇らしげに胸をはるを見て、アレンは妙な違和感を抱いた。
――ああ、そうか…

はティエドール元帥のこと、好きなんですね」

アレンがそう言うと、は何を聞くんだと言わんばかりの表情を作った。

「当たり前だろ!あたしの師匠だもん。おまえ、自分の師匠のこと嫌いなのかよ?」
「嫌いというかそういう分類は出来ませんね…なんというか……………………」

アレンは考えこむようにつぶいやいた。たっぷり時間をおいて、

「………………………………強烈?」

一言、こぼす。
それには愉快そうに笑い声をたてて笑った。

「変な奴!お前、実は面白い奴なんだな!」

の中で、アレンのポジションが少しだけ変わった瞬間だった。










食堂に着いてアレンが注文した量に、は微妙に引いた。

「あんたそんなに食べんの?」
「アレンって呼んでくれると嬉しいんですけど…ええ、僕は寄生型なのでエネルギーがたくさんいるんですよ」
「うへえ…」

神田よろしくそばを持ったは、何往復もして料理を運ぶアレンに呆れの目を向けた。
それにしても美味しそうに平らげるものだ。アレンは食べる手を休めずに次々と料理に手を伸ばしていく。

「あ、あのさ…」

そろそろデザートに差し掛かろうというところで、言い出しにくそうに口を開いたを認めてアレンは手を止めた。

「どうしました?」
「…兄ちゃん、どうしてた?その、―――任務先で」
「ああ、神田ですか?」

そうか、とアレンは思った。
はしごして次の任務に言ってしまった兄のことを少しでも聞いておきたいのだろう。まだ神田ともとも初めて会ってから間もないが、はよく神田に懐いているように見える。
それにしても、本当のことを言っても大丈夫だろうか。全治5ヶ月の怪我をした、なんて…

「元気、でしたよ。実は僕の初任務だったんですけどね………」
「そっか。この前入団したばっかだもんな、おまえ。もう実戦投入出来んのか…。喧嘩しなかったか?」

なんて言ったって任務前から喧嘩していたのだ。
その言葉に一瞬アレンが苦虫を噛み潰したような顔をすると、ははあと溜息をついた。

「まさかまた喧嘩したのか?」
「…基本的に合わないみたいですね、考え方が。妹さんのにこう言うのも何ですけど」
「全くだ!」

いくらも年下の少女に言われてしまっては元も子もない。つい乾いた笑い声が漏れる。

「兄ちゃん、怪我してなかったか?お前は何か怪我したんだろ」

しかし直裁的な質問に、アレンは一瞬言い淀んだ。

「ええっと……」
「――やっぱり、怪我したんだ」

ほんの一瞬の躊躇いを目ざとくも察知して、は顔を曇らせた。

「あ、いえ、そういうわけじゃありませんよ。ただ――」
「隠すなよ!兄ちゃんだってそうなんだ、滅多にそういうトコ見せようとしないし、コムイだって私に隠すんだ。だからお前は隠すな!…本当の事、教えてくれ」

今まで話した印象から、しっかりしていて、どこか大人びている子だと思っていた。しかし、少し声を震わせ、それでもそれを見せまいと顔をあげるを見て、アレンはその印象を撤回した。
ティムをかわいいと言って顔を綻ばせたり、兄のことを聞こうと必死になったり。
普通の、年端もいかない女の子だ。ただ強くあろうとしているだけで。
けれどそれは、いずれ本当の強さになる。

「すみません。神田は、その、―――全治5ヶ月の怪我だったんです」
「っ…!?」

はっと息をのむ音がする。

「でも、兄ちゃん、次の任務…」
「神田は治ったって言ってました。確かに、怪我をした3日後には何事もなかったように歩いてましたけど……」
「3日?――治るのに、3日、かかったのか?」

声が震えている。
アレンは治ったと言った神田の言を信じていなかったが、の声音は治ったことを前提としたものだった。

「…遅く、なってる………よな……」

どこか焦点の合わない目で俯いて、ぽつり、つぶやいた。

「え?」

神田やコムイはあまり多くを語らないが、しかしは彼らが思うよりも事態をよく把握していた。
みるみる内にの目に涙が溜まるのを見て、アレンは焦った。神田の妹を泣かしてしまったとなればどうなるのか――。

「え?えっと、、あの、――」
「う、うるさいな、早く食べろよ!もうあたし先に行っちゃうぞ!」
「あ、待ってください」

ごしごしと乱暴に目をこすっては立ち上がった。
アレンは慌てて残りのデザートを掻き込んだ。一緒に彼女の分の食器まで持って返却すると、手伝いに戻ろうとするの後に続く。


ぐず、ぐず――


見えないように、聞こえないように、そう振る舞いつつも目をこすりながら歩くの肩に、そっとアレンは手を置いた。
兄とか妹とか、"兄妹(きょうだい)"というのがアレンにはよく分からない。

けれど兄の怪我の話を聞いて涙する妹を見て、不謹慎ながらも、なんだかいいなと思った。

「アレンのばかぁー…」
「なんでですか」
「うっ…く……………ばかー」
「はいはい」

結局は手伝いには戻らず、談話室の端っこで黙りを決め込んで、小さくなって泣いていた。
が泣き止むまで、アレンはただ側で座っての背をあやすように撫でていた。


また明日からは、は何事もなかったように笑うのだろう。そして、笑顔で神田を迎えるはずだ。「おかえりなさい」、と。



だから、それまでは。
















2010/01/05

アレンって悪いヤツじゃないかもな!ってが思うというお話。兄ちゃんあんま出てこなかった…。