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「いいから、貴方はここで待っていなさい。いいですね」
「……」

宗三はそう言うと、さっさと歩き出した。
はただ、遠征に出るという面々の見送りにでも行こうと思っただけなのだが、転移門までの途中で他の刀剣に鉢合わせたら大変だ、との理由で、宗三に止めなさいと言われてしまったのである。

「ちびすけ、行ってくるぜ」
「山姥切殿、頼みましたよ」
「んじゃあな、大人しく待ってろよ」

鶴丸と厚以外の刀剣が口々にそう言って、宗三を含めた6振からなる部隊は母屋の方に向かって姿を消した。
離れに残ったのは、以前もそうだったように山姥切国広と、宗三左文字に言いつけられた小夜左文字だった。

「……主。お昼、食べよう」
「………ん」

小夜にそう言われ、は大人しく離れの中へと戻って行った。






宗三と小夜を手入れして気を失った後、再び気がついたのは手入れから丸1日後のことだった。
が目を覚ますと、なぜか離れにはいつものメンバーに加えて宗三左文字と小夜左文字が居て、離れに出入りする他の刀剣よろしく、を世話するようになっていた。

「手入れしてくれてありがとう、主」

目を覚ましたが小夜からそう言われた時、は自分の耳を疑った。
背丈もと同じほどのこの小さな刀剣は、今、自分のことを“主”と呼んだか。

「なに、それ」
「……桶、だけど」
「…じゃなくて。………主、って」

持っていた水の張った桶を不思議そうに見下ろしてから首を傾げた小夜に、は首をふるふると緩く振った。
違う、そうじゃない。

「…だって、貴方はこの城の“主”でしょう」
「……違う。僕は、ただ審神者の仕事をするだけ」
「審神者は、即ちこの城を統べる人間のこと。だから、貴方は僕たちの主だよ」
「………違うったら」

そんな会話をしたのだが、小夜は未だにのことを“主”と呼ぶ。それがにはどうにも慣れなくて、むず痒い。
小夜は前任の審神者には酷い扱いを受けていたはずなのに、の世話を甲斐甲斐しく焼いた。人間や審神者に対する警戒心や嫌悪などは今の所見られない。
どうやら宗三から、自分たちがに手入れをしてもらったことを聞き、また宗三が自らを気にかける様子を見せるので、小夜も疑うべくもなく、を主と認めたようだった。自身も体調が悪く歩くのもやっとだったというのに、宗三の願いに応じて不調を押してまで手入れをした、というのもあるかもしれない。
小夜は嫌な顔一つせず、審神者の看病をした。

がある程度回復すると、刀剣達はまた遠征任務をこなしてくると言って、数振りを護衛に置いて本丸を出ていくようになった。
今日も遠征に赴くというので、散歩がてら見送りに行こうとすれば、宗三には呆れられる始末。
宗三の考えていることはどうにもにはよく分からない。口ではそれなりに厳しいことを言うのだけれど、でもを看病したり世話を焼いたりする様子はとても優しげで、はよく心の中で首を傾げている。






「面談?」
「はい。本丸が本格的に稼働して来たことを認めてもらうための、面談です。これから数回に渡って行っていくようです」
「…ふぅん」

こんのすけの前に座ったは、その説明にそっけなく相槌を打った。
審神者の体調が整って来てからは、当初の予定通り、数振りの手入れを行った。
“あの”宗三左文字が手入れを受けたとあって、また、長らく床についていた粟田口の短刀達が元気になったというのもあって、もともと審神者や人間を忌み嫌っていたわけではない刀剣達は、審神者と関わろうとは依然していこないが、しかし少しずつ手入れを受けるようになっていた。
原則は1日1振としていたが、まだ全ての刀剣が納得したわけでもないため、毎日手入れが行えていたわけではない。
宗三と小夜を手入れしてからそろそろ一月が経とうとしているが、この一月で手入れ出来たのは7振に留まっていた。しかしこの本丸の刀剣が全て合わせて30振と少しなのを考えれば、既に半数を手入れ出来たことになる。
半年に満たずこの成果であれば、上々と言えよう。

「そろそろ鍛刀してもいいかと思うのですが、それにはまず面談を受けて許可を取る必要があるそうです」

こんのすけの横に座った一期一振が、こんのすけから説明を引き継いでそう言った。
本丸として正常に稼働しているのか、その判定はもちろんのこと、その審神者が審神者として適正があるかを見極める必要がある。その見極めが出来ない内から鍛刀することは許されない、と担当が言ってきているのだ。
そもそも適正があるかどうかも分からない人間を本丸に放り込んでおいて、何を今更、と思わなくもないが。

「……たんとう?」
「刀を鍛えると書きます。新しい刀剣男士を迎えるということです」
「新しい刀剣は、必要?」
「いずれ部隊を増やしていくためには、やはり鍛刀は必要です。同じ部隊の面々がずっと出陣し続けるわけにもいきませんから、交代要員という意味合いもあります。もちろん、まずは全ての刀剣を手入れすることが前提ではありますが……」

一期一振は、当初審神者を説得した際に言ったとおり、審神者が分からない、と言ったことにも丁寧に説明してくれる。
審神者はまだ手引書を読むほどの読解力も、単純な漢字などの文字を読む知識もない。自然、審神者の仕事に関する手ほどきは、口頭でこんのすけや一期一振にしてもらうことが多かった。

「……分かった。どこに行けばいいのかな。…それとも、誰か来る?」
「政府担当官との面談には、審神者様が刀剣男士を伴って行って頂く必要がございます」

が尋ねると、こんのすけが答えた。
しかし、その内容に首を傾げる。刀剣男士を、連れて行く?

「……刀剣も一緒に行くの?」
「はい。政府担当官の指定する刀剣男士を連れて来いと言ってきています」
「護衛というのが建前ですが、おそらく我ら刀剣男士の信任を審神者が得ているかを見るためでしょう。指定する刀剣すら連れて来られない審神者は、そもそも面談にすら行けない、と」
「ふぅん。……誰を連れて来てって言ってるの」
「一番古くからこの本丸に居る短刀と、練度の一番高い刀剣男士を同伴せよ、とのことです」

書面を見ながらこんのすけが答える。
が、審神者には、一番古くからこの本丸に居る短刀も、練度の一番高い刀剣も誰だか分からない。二振りとも既に審神者と顔を合わせていて、ついでに手入れが済んでいるなら話は早いのだが、もしまだ手入れの済んでいない刀剣だったり、審神者に敵意を持っている刀剣だったりしたら、まずは面談に一緒に来てもらうことからして厄介だ。
だからこそ、担当官がランダムに決めた刀剣を連れて来られるかを見るのだろう。

「……一番古くから居る短刀って?」
「我が弟、前田藤四郎です」
「……どの人だっけ」
「重症の弟の中で、一番始めに手入れして頂いた短刀です」

短刀は、こういう異常を来した本丸ではまず真っ先に標的になることが多い。
折られずにいた短刀の内、一番古くから顕現している短刀は、手酷い仕打ちを受けている可能性が断然高い。その短刀が審神者に従っているかを見るのだろう。

「ああ、あの人……分かった。あと練度……ってレベルだった、かな。一番高い人って?」

そう審神者が尋ねると、こんのすけと一期一振は一瞬口を噤んで目を見合わせた。
それから再度審神者の方を向いて、一期一振が口を開く。

「鶴丸国永殿です」
「……へぇ。……白い人、だよね」
「そうです」

は部屋の外に控える白い刀を思い浮かべた。彼が練度が一番高いとは知らなかった。
いまだ一言も口をきかない刀剣。
さて、一緒に行ってくれるものかどうか。









そういえばは、いまだ、なぜ鶴丸がの側にいるのかを知らなかった。もともとしゃべれないというわけではない、とは他の刀剣からちらりと聞いたことはあったが、なぜしゃべらないのか、その理由までは聞いたことがない。
敵意を持っている様子はなく、かと言って甲斐甲斐しく世話を焼くこともない。ただ、たまに手を貸してくれることはあるし、護衛のようなこともしてくれるので、彼がどうしてここに居るのか、にはいまいちよく分からなかった。
けれど、が面談に付いて来て欲しい、と白い刀剣に言うと、ひとつ瞬きをしてからあっさりと頷いてくれた。ほんとに、いいの?と聞くと、また一つ頷く。
いまだ言葉を交わす気はないようだが、面談に付いて来てはくれるようだ。
対して前田の方は、前もって一期一振から言伝しておいてくれたものの、少し躊躇しているという話を聞いていた。
前田は手入れの時に会って以降、まともに会話したこともない。手入れした後の反応を見ても、確かに、人間や審神者を警戒しているのは一目瞭然だった。戸惑うのも無理はないだろう。
しかし面談で一緒に行かなければならないのにそれでは流石に問題だろう、と、面談までの1週間、一期一振の計らいで、前田に離れに来てもらい、少しの時間を共に過ごすことになった。
それでもし駄目そうならば、今回の面談は見送りにした方がよいだろう、と一期一振とこんのすけは言った。

「失礼致します」

挨拶のために連れてくる、と一期一振が言った通りに前田を離れに連れてきた。
強張った声でそう言って部屋に入って来た短刀は、緊張しているのか顔を強張らせて、目も合わせずにの前に座して、折り目正しく手を付いて頭を下げた。
前田の後ろには一期一振が控えている。

「前田藤四郎と申します。よろしくお願い申し上げます」

随分と律儀な挨拶をしたものだ。そのような態度を取られたことがなくて、はこてんと首を傾げてしまった。
はて、これはどう応えるのが正しいのだろうか。

「えっと………。とりあえず、顔上げて」

ゆっくりと顔を上げた前田は、それでも畳を睨んだまま、と目を合わそうとはしなかった。

「あんたの兄さんから、話は聞いてると思うけど……。1週間後の面談に、一緒に来てもらえない、かな」
「ーーーはい。お供させて頂きます」

聞いていた話と違い、前田はすんなりと是の応えを返した。
これはきっと、拒否は出来ないと思っているのだろうな、とでもなんとなく思うような反応だった。

「………いやだったら、別に絶対じゃないし、言って。面談行くの止めるから」

嫌なことは嫌と、言えばいいのに。前がどうだったかは知らないが、少なくともはそう思う。
の言葉に、前田は少し驚いたように、ちら、と目線を上げた。
表情の平坦な審神者が、目をぱちぱちしながら前田を見ている。手入れしてもらった時以来だが、少し、健康的に見えるようになった気もする。けれど、それでも肩も薄く、肉付きも悪い、頼りのない印象だ。

「いえ、嫌ではありません。しかし慣れない身故、私に務まるかどうか……」
「……僕の方が多分、迷惑かける、かな……。とりあえず、面談までの間、離れに顔出してもらうって聞いてる。嫌なら、いつでも言って」
「いえ、そんな……。主君の願いとあらば、精一杯努めさせて頂きます」

その言いように、ううん、とは首を傾げた。そうじゃない、んだけどなぁ。

「……みんなそう言うんだけど、僕、別にあんた達の主になりたいわけじゃない、から。ただ、審神者の仕事、するだけ。主君とか、呼ばなくて、いいよ」
「とんでもありません!」

彼の場合はほとんどそれが義務であるかのように、そう呼んでいるように見える。ますます、何か違う気がする。
うーん、とは再度首を傾げた。どう説明したものだろうか。

「……えっと、そうだな……、僕は、庭の木だと思ってくれればいいよ」
「?……木、ですか」
「うん。あっても無くてもいい。放っておいてもいいし、気が向いたら話しかけてもいい。気に入らなかったら斬っていい」
「え……?」
「斬っていいよ。一石二鳥、でしょ。……離れでは、好きに過ごしてくれたら、いいから」
「ーーー」

それだけ言って、は席を立って部屋を出て行った。
前田と一期一振が残された部屋に、しばし沈黙が降りる。
少しして、前田が一期一振を体ごと振り返って、躊躇いがちに口を開いた。

「いち兄……彼は、どういう方なのでしょうか」

前田の顔には、若干の困惑が見て取れた。無理もないだろう。
一期一振は前田に問われて、そうだね、と言ってから少し考えるように口を閉じた。
審神者の仕事をする気にはなってくれているようだ、とは思う。けれどまだ、どこか違和感を覚えてしまうのも事実で。
今審神者の少年が言ったように、まだ彼は、“自分は審神者の仕事をするだけの、代替品だ”とでも思っているような節もあって。手入れをするのだって、自分を省みない言動をすることが、しばしばあった。
いらなくなれば、嫌になれば、殺していいよ、と。そのようなことを、躊躇いもなく口にする。
だからつい先程、審神者の少年が“斬っていい”と言っても、一期一振はあまり驚かなかった。やはり、という気持ちがどこかにあった。

「少し……不思議な方だね。ーー前田はどう思った?」
「………よく、分かりません。けれど……」
「なんだい?」
「前任の審神者とは少し様子の違う方だ、とは思います」

前田は、なぜ一期一振が審神者に手を差し伸べようとしたのかを聞いていた。幼い審神者が何を思って、この本丸で生活していたのかということも。一期一振の考えも理解出来るし、手伝いをしたいという気持ちもある。
しかしどうしても、前任の審神者の仕打ちが思い起こされて、なかなかどうして、気持ちが付いて来ない。
この部屋に来る時も、本当は何か酷いことを言いつけられやしないかと、正直警戒と恐怖が勝っていた。けれど、審神者の少年の言いようは、全く掴みどころがなくて、捉えようによっては、刀剣を気遣っているようにも聞こえる。
いや、気遣っているというよりも、“不可抗力で同じ空間にいるけれども、お互いに干渉しないようにしよう”というスタンスに近いかもしれない、とも思う。
しかし、気に入らなければ斬っていい、と平然と言うので、一期一振から聞いてはいたが些か面食らってしまった。
どちらにしても、前任の審神者と違うというのは、比べるべくもなく明らかだった。

「うん、そうだね。彼は………、………いや、やめよう。そこから先は前田、お前が自分の目で見極めなさい」
「ーーーはい、分かりました」



前田はとりあえず朝になれば離れに来て、審神者の世話を焼く刀剣の手伝いをしたり、ぼうっと日向ぼっこしている審神者と一緒に庭を眺めてみたりしたが、残りの半分くらいの時間は、一期一振のもとでこの本丸の状況について学んでいた。
一緒に面談に付いて行くだけとは言え、何か聞かれた時には答えるというのは出来ないとまずいだろうとの考えからだ。
聞けば、審神者は字の読み書きが出来ず、戦績などの表やグラフを見ても理解がまだ出来ないと言う。戦績を読めるように一緒に勉強もしているが、まだまだ正確に読み取れるレベルではない。
この1週間、は積極的に前田に話しかけようとはしなかったし、前田も必要最低限話しかけたくらいで、二人の間に会話らしい会話はほとんどなかった。それでも前田の“審神者”に対する恐怖心や警戒心が薄れるくらいの効果はあったようだった。
鶴丸は鶴丸で相変わらず言葉を話さないので、審神者の少年との会話は無かった。

こんのすけは正直、1度目の面談を非常に心配していた。
面談に担当官が指定した刀剣男士を伴う必要があるということは、護衛という意味の他に、信頼関係が築けているかを見る目的もある。だというのに、この3人は1週間の猶予があったとはいえ、必要最低限の事務的な会話があるくらいで、雑談などは望むべくもなく、もう一振りに至ってはまだ審神者の前で言葉を発したことすらない。
端から見て、お世辞にも信頼関係の欠片すら見つけられなかった。
指定された刀剣が、審神者に敵対しておらず、しかも既に手入れした刀剣であったのは不幸中の幸いだろう。
けれど、出来れば信頼関係が少しでもあるように見える一期一振や薬研藤四郎を同伴出来ればよかったのに、とこんのすけはこの1週間何度も思った。
いよいよ明日に面談を控えたという日に至っては、面談を延期した方が良いのではないかと思った程だった。
その考えを一期一振に言うと、私もそう思います、と同意した後に、「険悪というほどでもないので、とりあえず行かせてみればいいのではないか」と言った。
戦に出るわけでもなし、失敗して首が飛ぶわけでもない。最初から完璧を目指すのは難しいので、少しずつで良いのではないか、と。
こんのすけは、思う所が無いではなかったが、結局一期一振に同意して、当初の予定通り1人と2振を送り出すことにした。






「審神者様。政府直轄機関に繋がるように設定致しました。この門を抜けると係の者が待っているはずでございます」

転移装置の横に設置された機械の前で、こんのすけが言った。
戦や遠征に出る時などに使う転移装置は、母屋の正面玄関に近い所にあって、母屋の横を通っては転移装置の前まで来ていた。最初に来た時に通ったはずだが、近くでまじまじと見るのは初めてだ。
見送りに、といつも離れに出入りしている刀剣の多くが転移装置の前まで来ていた。
久しぶりの審神者装束が、なんだか少し落ち着かない。以前はずっと着ていたものではあるけれども、汚れもなく、こんなに綺麗な状態で着付けてもらったのは随分と久しぶりだった。

「じゃあ」

それだけ言ってが門を潜ろうとするのを、薬研が呼び止めた。
が訝しげに振り返る。

「ちびすけ、もっと言うことあるだろ」
「…………なに」
「こうして皆、見送りに来てんだ」
「………、……」
「ほら」
「……えっと。…………いってきます」

目をうろうろさせながら遠慮がちにぼそぼそとが言うと、薬研がくつくつと笑った。

「もっと自信持って言えよ。いってらっしゃい」
「主、いってらっしゃい」
「前田、しっかりとね」
「はい、お任せください」

刀剣男士が口々に見送りの言葉を口にする。
その言葉達を背に、1人と2振は門をくぐった。









2018/09/22

僕を、殺して 13