「夜ト神が帰って来ない?」

玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは神器である雪音だけ。夜トはどうしたと聞くと、雪音は「帰って来ないんです」と心なしか気落ちしたような表情でこぼした。

「どのくらい帰って来てないんだ?」
「そろそろ1週間くらい」
「以前にもそのくらい隠れた事は?」
「俺が神器になってからは始めてで。夜トの知り合いに聞いても、知らないって言うから…」

それで、の元にも聞きに来たということだろう。

「とりあえず、上がりなよ。お昼でもご馳走する」
「…いいんですか」
「もちろん」
「じゃあ…お邪魔します」

雪音は遠慮がちに靴を脱いで上がり框を上がった。
少し元気の無い雪音を居間に通してから、は美味しい料理を出してやろうと台所へ向った。








05









「行方をくらます前には何か言ってなかったのか?」
「特には…」

昼食をとりながら、は夜トの消息について雪音に詳しく話を聞いていた。
本当に突然いなくなり、連絡も全くないのだと言う。

「小福さんは、……あ、今お世話になってる貧乏神なんですけど、夜トはそうやって行方をくらまして居なくなる時期が今までもたまにあったって言うんです」
「ふーん、そうなんだ」
さんは何か知らないですか…?」
「うーん」

雪音に聞かれて、は首をひねった。
そこまで頻繁に会っているわけではないには、普段の夜トが何をしているかすら正直全く分からなかった。

「あいつも僕の所に来るのは本当に気まぐれで、たまに来るぐらいだったからね…。ごめん、全然分からないや」
「そうですか…」

しょぼん、と頭を垂れる雪音を見ながらも眉根を下げた。
雪音が祝になったと言って来た時にはそれはもう本当に嬉しそうにしていた夜トが、神器を放り出して何も言わずに姿をくらましてしまうとは正直思えなかった。
きっと、何かがあったのだろうとは思う。
神でさえ抗う事の出来ない何か。
ただ、それが何であるのかという推測ですら、には全く思い浮かばなかった。
夜トがの元を訪れるときは幾度と無くあったが、しかしこうやって考えてみると、は本当に夜トの事をほとんど知らないのだと今更ながらに気がついた。
けれどそれで困る事もなかったし、これから先も特に知る必要があるとも思われない。
お互いにお互いを、それなりに“友人のようなもの”だと思いこそすれ、それは決してお互いを知るための口実には成り得ないのだ。
こんな家業をしていれば、楽しい事や辛いこと、時には非難されてしかるべき事まで、実に様々な事が起こる。それはだって夜トだって変わらない。
それを一々共有する必要はないのだ。
そういうものだと、お互いが分かっていればそれでいい。

「あの…」

あらかたご飯を食べ終えて箸を置いた雪音が、遠慮がちに口を開いてを見ていた。

「ん?なんだい」

はいつものように口を開くものの、雪音は少し言いづらそうに視線を彷徨わせてから、再度口を開いた。

「あの、さん。姿がだいぶ小さくなってませんか」

言われて、は苦笑を漏らす。
さすがにここまで小さくなれば、誰にだってすぐに分かってしまうだろう。
は今や雪音よりも小さくなって、小学生のような格好になってしまっていた。それも、10歳に満たぬ程の。
は自分の随分小さくなった手を蛍光灯の光にかざして、そうかなーと軽い口調で言った。

「そうですよ!この前は俺とおんなじ位だったのに…」
「まあ、ね。夜トから聞いてない?」
「少しだけ…。力が弱まってる、とは」
「うん、そういうことだよ。それが全てだ」
「……」
「そんな顔するもんじゃない。夜ト神に障る」

ハ、としたような顔で雪音は顔を上げた。
それを見ても少し、笑みをもらす。

「これはね、神である僕達の宿命なんだ。君が気に揉むような事は何一つないさ」
「……でも…」
「大丈夫。君が居るということは、夜ト神はまだどこかでのんびりと暮らしてるんだろうさ。だから夜ト神は大丈夫だよ」
「いえ、そういう事じゃなくて、俺はただ!……その、さんが心配で…」
「心配してくれるんだ?雪音、本当にいい子になったね」
「そ、そんなんじゃないです…!」

最後は言葉尻を小さくしながら慌てふためく雪音に、は笑みを深くした。

「僕の事はいいさ。たまに君たちとこうして話せるのが楽しいからね。ありがとう、雪音」

雪音は変わった。

荒んだ世界を見ていたような目が、真摯な目に変わった。
目の見る先が、変わった。
立つ姿勢が、変わった。
纏う空気が、変わった。

その、まさに祝の器となった雪音が、夜トの側に居ることが何よりも心強かった。

「待っている人が居る内は、神は必ず帰ってくるよ。他でもない、祝である神器の雪音が待っているんだもの、夜ト神だってその内ひょっこり出てくるんじゃないか?」
「……だといいんですけど」
「ま、気長に待ってやりなよ」
「そうします」

雪音はデザートまで綺麗に平らげていくと、この後修行があるからと言って席を立った。
が門の所まで雪音を送ると、夜トが来たら首根っこひっ捕まえておいてください、と苦々しく言い放った。

「うん、了解。またおいで」
「はい、また寄らせてもらいます」
「………夜トを、頼んだよ」
「……。……はい」

何か言いたそうな顔をした雪音はそれでもそれ以上は口には出さず、代わりに何度も頭を下げて帰っていった。














2014/07/24

それは過ぎし日の、 05