さんって、お化けとかって苦手?」
「は…?あ、いや、お化け?好きじゃないけど、そこまで苦手ってわけでもない……、と思う」
「よかった!」

何がいいんだ。
目の前の同級生の喜びようとは反対に、自分にとっては歓迎出来ることじゃあなさそうだ、とは怪訝な顔を作った。







澄んだ土地








「相談に乗ってほしいことがあるの!」

その女子生徒――宮本さんというらしい――の顔が少し曇っていることから、どうやらあまり嬉しい話題ではなさそうだ。
ほとんど話したこともない女子生徒は、確かに同じ組の人ではあるのだけれど。少し考えなければ名前が出てこないくらいには、この同級生のことを知らない。

「この前部屋の整理をしてたら、中学校の修学旅行のカメラが出てきたの」

その頃はまだデジカメなんてほとんど普及していない。当然、中学生が携帯していたのは使い捨てのカメラだった。
それが部屋の掃除中に出てきたのだという。

「まだフィルムが入ったままだったから、写真屋に持っていって現像してもらったんだけど、」

その内の一枚が、どうやらおかしいのだと。

「(なに、お化けにカメラって来たら、)」

は溜息をついた。

「何かね、その…変なのが写っちゃってるのよ、写真に」

はっきりとしたことは言いたくないようで、確信的な言葉を避けている。が、つまりは、まあ、そういうことなのだろう。
おずおずと出して見せたのは、一枚の写真。どこにでもある、観光地で撮られた写真だ。宮本と友達数人が一緒に写っている。

しかしよくよく目を凝らして見てみれば、


「………手?」


宮本の方に向かって、肘から先だけの手が不自然に伸びている。


―――のだが、


「(いやいやいや、これどう見ても心霊写真とかそういう類じゃないだろ)」

その腕には、フリルのついた花柄の洋服がしっかりと写っている。そして、宮本の友達もよく似たような服を着ている。

「あー……これは、あれじゃない?フィルムがちょっと古くなってたから現像の時にネガが裏写りしちゃったとかソレ系な感じが…」
「でも、これ歴とした心霊写真でしょう?」
「(いや、だから…)」
「気味悪いじゃない?うちのお母さんも不吉だとかってちょっと騒いでるから、お祓いしてもらえるところ探そうってことになって、それでね!」











「田沼の親父さんにお願いしたいんだとさ」
「…すっごい面倒臭そうな顔してるぞ、
「それはどーも」

昨日言われたことをは田沼に掻い摘んで説明していた。
宮本の用件は、つまるところ、田沼への仲介だった。どうやら田沼の父が寺の住職であることを聞きつけて、田沼と仲が良さそうなから話を通してくれないかと、そういうことだった。
はひどく面倒臭そうにポテトを口に放り込んだ。
なんだかんだで無下に断るわけにもいかなかったので、とりあえず田沼をさそって帰りに少し町に出て、ファーストフード店に寄ったのである。

「宮本さんって、ほとんど話したこともないんだけどなぁ…」

いやに親しげに話しかけて来たから何事かと思ってみれば。

「ふーん、俺もあんまり宮本さんとは話したことないけど。その、心霊写真とやらは?」
「彼女が持ってるよ。お祓いしてくれるんなら、一緒に持ってくってさ。ってか、坊さんってお祓いとかすんの?」
「うん、するよ。たまにいるんだよ、そう言って来る人。なんか掛け軸が呪われてるから祓って欲しいとかね」
「うわぁ、マジであるんだそういうの」

ズコー、シェイクを飲み干しながらは呆れに目を細めた。
知らない世界がまだまだ広がっているのは名取に会ったことでよく分かった。しかしこういうのは、またジャンルが違うように思う。
なんというかこう、呪いだとか祟りだとかは、ひどく人間くさい(、、、、、)のだ、色んな意味で。名取の聞かせてくれた妖の話とは、全く無縁である気がする。

とは言え、今回のに限って言えば、それ以前の問題であるような気がものすごくするのだが。

「でもあれは絶対に心霊写真とかじゃないと思うけどな、あたしは」
「そんなに分かりやすい感じだったのか?」
「もう、うん。真面目に笑えちゃうくらいには愉快でユーモアのある心霊写真だった」
「……世の中こんなに不真面目な人ばっかりだったら、きっと親父の仕事は無くなるんだろうな」
「願ったり叶ったりだろ。もうなんか適当にお祓いしときましたって言って片付けちゃえば」
「(もうどうでも良くなってるな……)まあ親御さんも心配してるんだし、一応お祓いしてもらうように親父に言っとくよ。その方が宮本さんも親御さんも安心だろうし」

ほんと、あんたは真面目だよ。
は口には出さずに、心の中でつぶやいた。









八ツ原には、実はあまり行きたくなかった。
昔から何か出るって噂が絶えない場所だったし、手入れもされていないなら妖連中の住処になっていても何ら不思議はないと思ったからだ。
そういうの(、、、、、)がいるであろう場所に、避けることはあってもわざわざ自分から赴く理由はない。
しかし、敏感に感じ取って当てられることのあると言う田沼が普通に暮らせているのだから、最近はそうでもないのか、あるいはもともとそんな噂はガセだったのか。

そんな事を考えながら、は八ツ原の寺に向けて歩いていた。
宮本からも田沼からも、も一緒に居てくれ、と頼まれては断るわけにもいかなくなった。どちらも、がいればクッション材の役目くらいにはなってくれるのじゃないか、と思っているらしいが、そんな期待をどうすればかけられるのか、にとっては甚だ疑問が残るところである。
宮本とは寺の門前で落ちあって、一緒にお祓いに行くことになっている。そのことを田沼にも伝えてあるから、もしかしたら門の所まで迎えに来てくれるかもしれない。

少し早く着いてしまったらしく、まだ誰もいない門前の石段に腰掛けて、は森を眺めた。ぼんやりとしながら、町の空気に比べて澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。
環境という意味でも、別の意味でも、ここの空気はよく澄み切っている。妖の住処というのは本当にただの噂に過ぎないのかもしれない、と思い初めた矢先だった。


ピシッ


「……?」


変な気配を感じ取って、はそっとその場に立ち上がった。
まだ陽は高い位置にある真昼間だし、いくらなんでも今は機能している寺の門前だ。妖の類ではない、はず。
嫌な感じはしないが、正体の分からない違和感には威圧感がある。


―――なんだ?


嵐の前の静けさ、まさにそのような感じだ。
ゆっくりと、辺りを見回す。
周りに生い茂る木々はかさかさと小さな声で囁いている。ゆるやかな日差しが、木々の葉の間から地面に様々な形を作りあげる。
静かに佇む木組みの門。
少し苔が生えた石段。
雲のかかった水色の空。

けれど、特に異変は見つけられない。
―――気のせいだろうか、とは首を傾げた。

「う、わっ……!!」

と、突然大きな風のようなものが物凄い勢いで迫ってきた。門の中からだ。
咄嗟に手で顔をかばう。髪の毛が強風に舞う。
台風の風を一瞬だけ切り取って持ってきたような風が容赦なくに叩きつけた。思わず仰け反りそうになって慌てて門の裏に回る。
邪なものではない、むしろ綺麗に清められた澄み切った空気が地面を撫で回すようにして一気に地を駆け抜けて行った。

「………………何、今の」

風が止み、恐る恐る門の中を覗き見る。

「(……?……さっきよりも空気が澄んでる…?)」
「何やってんだ、?」

門を覗き込んだまま硬直しているに、今しがた門前へ顔を出した田沼が首を傾げた。
なんてタイミングの悪い、は心の中で毒づいて田沼を見返した。
いや、それにしても。

「…あんた、なんともないわけ」

風が吹いてきた方向から歩いてきた割に田沼はケロリとしている。
は乱れた髪を手で撫で付けながら言った。

「何が?……妖かなにか居たか、もしかして」

の様子を怪訝に思ったのだろう、田沼が心配そうに尋ねた。
髪も服装も乱れているし、どこかまだ緊張したように表情が硬い。

「…むしろ逆だな」
「逆?」
「や、いい。こっちの話」
「ごめーん、二人とも!お待たせ!」

適当に話を打ち切ろうとした所で、宮本が門前に現れた。
こっちはグッドタイミング、は心の中でつぶやいた。

「ごめんね、さんまで来てもらっちゃって」
「(全くだ)いや、全然いいよ。困った時はお互いさまってね」

心の内での悪態はおくびにも出さずに、は飄々と言ってのけた。

「迷わなかった?」
「実はちょっと迷っちゃった。ごめんね、田沼くんも、今日はありがとう」
「いや、全然いいよ。じゃあ、こっちだから」

門をくぐって入っていく田沼に続いて、二人もあとに続いた。












無事にお祓いが済んでから、用事があるからと先に帰った宮本とは別に、は本堂を見せてもらったりしながら暇を持て余した。
ここの空気はよく“清められて”いて、不思議と居心地がいい。そんなことからつい長居したくなってしまった。

田沼の父親――この寺の住職が“お祓い”をするのを見ながら、は先程の強風の正体を知るはめになった。
まさしく、田沼の父親が持っていたものは、先程の強風と同じものだったからだ。

「田沼の親父さんってさあ、やっぱどっかで修行とかしたの」

本堂前の回廊に腰掛けて出してもらった茶を飲みながら、二人はするとはなしにぼんやりと会話する。
最近では、田沼との間に降りる沈黙はそこまで苦痛ではなくなった。たまにぽつりとどちらかがこぼす話に、やはりぽつりと相手が答える。

「なんとかって寺で修行してたとは言ってたけど。坊主って大体どっかで修行してるもんらしいよ」
「ふーん…。あんたの親父さん、すごいね」
「え、何で?」
「なんとなく」
「…からかってる?」
「なんでそうなる。そこは素直に受けとってよ」
「いや、に言われると微妙というか」
「失礼な」

田沼の父親は、とても温厚そうな人だった。
お祓い自体はもとより形だけのものに過ぎないのだが、その力はどうやら本物だった。お経と共に住職から放たれた空気のようなもの(、、)は、確かに邪なモノが嫌いそうな透き通った清々しさがあった。あの力を何と呼ぶのかは知らないが、少なくとも“妖力”ではなさそうだ。
なんというか、もっと、清らかな何かの力。例えるなら、とても澄んだ森林のような。あるいはそこに人間が感じる“神聖”なもの。
これだけの大きく圧倒的な力と、あの温厚な田沼の父親のイメージとは、随分と不釣合いな気がした。

「知ってる?ココさ、田沼が越してくる前は色んな噂があったんだ」
「ああ知ってる。お化けが出るとかだろ」
「うん」
「で?この辺にその“お化け”らしきものは居た?」
「――いると思ってた。けど、実際はそんじょそこらより、よっぽど綺麗に清められてる、ここは。なんか、無条件で安心できる」
「――」
「親父さんの力、なんだろうなぁ」

あまりにもしんみりと言うものだから、田沼は軽口を叩くことはせずに、うん、と小さく頷いた。
“無条件の安心”というものにが心を許したのだと、田沼は思った。

暗くならない内に、とは夕方前には住職にもう一度挨拶をして、寺をお暇した。
困ったことがあったらいつでもおいで、そう言ってくれた住職の言葉が有り難かった。












2010/03/10

不思議だ 08