「すごいすごい!だいぶ上手くなったわね」
「……どうも」

今しがた真っ二つになった丸太を眺めながら、は顎を伝う汗を拭った。










06









修行を始めてから4ヶ月、ようやく少しは魔法らしい魔法が使えるようになったは、少しずつ魔法の難易度を上げながら修行を積んでいた。

「よし、そろそろお昼にしましょう。、今日は一緒に食べましょう?」
「………、え?」

言われた事がよく分からず、頭の中で考えてから出たのは間の抜けた声だけだった。
食事はいつも一人で摂っているから、随分と珍しい申し出だと思ったのだ。

「……いいんですか?」
「ええ、もちろん」
「えっと、じゃあ食事……運んできます…」
「そうじゃなくてね…がもし良かったらなんだけど、食堂で一緒に食べましょう?」

は今まで部屋でしか食事を摂ったことがないから、てっきりヤムライハが食事を持ってきての部屋で一緒に食べるものだと思った。
けれどそうではないと言う。

「…食堂………」

に決める権利など無い。なのに、ヤムライハは気を使って「が良ければ」などと言ってくれる。
は恐縮しきって、困った顔を作った。

「……ヤムライハさまが……いいんだったら……お供、させてください」
「もちろん良いに決まってるじゃない。さ、行きましょう」
「あ、行く前に部屋に……寄っても、いいですか」
「ええ、もちろんよ」

がそう言ったのは、が何か部屋に取りに行くからだとヤムライハは思っていたが、は部屋の前まで来ると、部屋の番をしている兵の所まで小走りで寄って行った。

「あの、すみません。今日はお昼、ヤムライハさまと食堂で食べることになって……だからあたし、居ないんです」
「ああ、ありがとうな嬢ちゃん。わざわざ知らせてくれて」
「いえ…すみません」

最初の頃はを警戒と疑いの目で見ていた兵士達も、今では随分とと打ち解けていた。に対して笑顔まで見せているのをヤムライハは物珍しそうな目で見ていた。
兵士たちと言葉を交わすと、はまた小走りでヤムライハの所まで戻ってきた。

「……待たせてすみません」
「ううん。いつも見張り番には連絡をしているの?」
「……はい。あたしなんかの為に時間裂いてもらって……申し訳なくて。少しでも兵士さんたちが動きやすいように……って。余計な事なんでしょうけど…」

言われたわけでもないのに、は事あるごとに兵士に自分の行動予定を伝えている。
監視対象の言を兵士だって鵜呑みにするわけではなかったが、実際の所、今日は湯殿には行かず明日の朝行く、とか、明日は昼からの修行だ、とが言う事によって兵士たちは余分な気を張らずに済み、幾分か気楽に番が出来ているのは確かだった。
それに、は門番を見ると必ず申し訳なさそうに「すみません、銀蠍塔に行きます。よろしくお願いします」といったふうに頭を下げて恐縮する。
王宮内を自由に歩き回れないは、銀蠍塔や湯殿に行くまでの例え僅かな距離でも、門番を伴う必要がある。銀蠍塔に着けばヤムライハがいるので引き継げるし、帰りはヤムライハが部屋まで送ってくれるが、それだってにとって見れば、忙しい人達の手を煩わせてしまって申し訳ない気持ちでいつも肩身が狭い。
そんな気持ちから来る謝罪や恐縮が、対する大人達からして見れば“出来た子供だ”とその目に写るらしく、周りの人間の心象を良くしていた。

「えらいわね、
「……?や、全然。そんなこと…」

なぜか褒められて、は首を傾げた。
ふふふ、と笑いながらヤムライハはの頭を撫でた。
なぜ褒められたのか分からないまま、けれどは頭を撫でてくれるヤムライハの細く白い指に目を細めた。










始めて食堂に入ると、その広さと食卓の大きさに目を見張った。何より、食卓の上に並ぶ多種多様な食事に、は驚きを隠せなかった。
下町の飲み屋で見る食事なんかとは比べ物にならない豪勢な食事が、これでもかという程机の上に並んでいる。こんなに豪勢な食事を今までに見たことがあっただろうかと考えたが、きっと無い。
今日の昼食はきっと何か特別な事があるから豪勢で、だからヤムライハが気を使って誘ってくれたのかもしれないとは思った。

「今日は……宴か何か、ですか」
「え?違うけど…どうして?」

けれどヤムライハは、特に今日は特別な事は何もないと言う。

「だって……食事、たくさん……」
「ああ、これね。たくさんの人間がここで一緒に食べるからね。それに――」

ヤムライハが言いかけた所で、後ろから聞き慣れた声がしては咄嗟に振り返った。
久しくその姿を見ていなかったシンドリア国王がこちらに歩いてきていた。
は一瞬硬直していたものの、すぐに我に返って廊下の端まで数歩後ずさって、膝を折って王に向って叩頭した。の生まれた国では、地面に正座して、床についた手に頭を近づける叩頭が正式な礼だった。

「おや?もしかしてじゃないか?」

そのまま通り過ぎるだろうと思っていた足音は、あろうことかの前で止まった。
は自分の手とその下の床を睨みつけながら冷や汗をかいた。声を掛けられるなど、一体どんな事を言われるのかと気が気ではない。

罪人がこんな所で食事を摂るなんて、と罵られるだろうか。
視界から消えろ、と言われて追い払われるだろうか。

数ヶ月に及ぶ王宮での生活でむくむくと膨らんだ猜疑心は、の中で権力者に対しての畏怖の念を大きくさせていた。
権力の象徴とも呼べるこの豪奢な建物の中で暮らし、いかに「王」やその家臣が有能で偉大かを思い知ったのである。
それに比べて、とはいつも考えていた。
汚らしい罪人が、王の恩情に甘えて王宮での生活を謳歌している。
口さがない兵士がそう言っているのだって、聞いたのは一度や二度じゃない。力も権力もある王の多大なる恩情を、罪人がやすやすと受け取れるなど、勘違い甚だしい、と。兵士達はそう影で囁いていたし、実際だってそう思う。
本来は罰を受けるべき罪人が、こんな所でのうのうと暮らしていていいはずがない、と。
だから、周りの人達から何を言われたって、それは罵られて当然のことを自分がしでかしたからだとはちゃんと理解していた。
周りの兵士達でさえそうなのだから、この王宮の主である偉大なる王がどう思っているかなんて、簡単に想像出来てしまう。
暑さとは別の意味でだらだらと汗をかいていたの思いとは裏腹に、突然、睨んでいた地面が映る視界に王の手が差し出されて、はギョッとした。
シンドバッドはそのままの手を取って立ち上がらせた。

。この国では叩頭礼をする必要はないんだよ。それに君は食客じゃないか。そんなに恐縮しなくて良い」

そう言って、いつか地下牢で見たのと変わらない、眩しい笑顔を見せた。

「…あ、えっと………、その、すみません……」

何に対して謝ったのだかも分からなかったが、口をついて出たのは謝罪だった。

こんな得体の知れないモノに優しくしてもらって、すみません。
ヤムライハさまと修行をさせてもらって、すみません。
王宮に置いてもらって、すみません。

いつも思っていた事が、不意に言葉になって出てしまったような、そんな言葉だった。

「謝る事なんてないさ。も昼食を食べに来たんじゃないのか?あ、それとももう食べ終わった後かな?」

少し残念そうにシンドバッドが言うので、はどう答えればいいのか分からずに視線を彷徨わせた。

「いえ、私達も今から昼食です、王様」

すかさず、ヤムライハが助け舟を出した。
今からと聞いて、シンドバッドは少し嬉しそうな顔をした。

「そうか!それはいいタイミングだったな。折角だし、修行の様子を聞かせてくれないか」
「ええ、もちろんです。いいわよね、?」
「え?……はい、それは、……もちろん」

シンドバッドには、ヤムライハが定期的にとの修行の進捗などを報告しているからおおよその事は知ってるはずだが、を気遣っての言葉だろうとヤムライハも察して、に笑いかけた。
はどこか恐縮しきった様子で、しずしずとヤムライハについて席に座った。
は、どうして食卓に豪勢な食事が並べられていたのか、唐突に理解した。

王が食べる席だったからだ。

王が食べる食事ともなれば、例え何もない日の昼食だろうが豪勢で当たり前だ。
は王の相伴に預かるとは思いもしていなかっただけに、席に座っても始終戸惑いながら恐縮しきっていて、王が話しかけて来てもはいとかいいえとかしか答えられず、ほとんどはヤムライハが助け舟を出していた。
そんな中での食事が美味しいはずもなく、手を出した食事もほとんど喉を通らずに、けれど残すのも申し訳がなくて、なんとか水で喉の奥に押し込んだようなものだった。

食事の席には王やジャーファル、他の八人将や食客も多数入れ替わり立ち代わり訪れた。
恐らくいつもの景色なのだろうが、にとってはそこに自分のような人間が居ることが申し訳なく、始終俯いてなるべく顔を見られないようにしていた。
きっと、がここにいることを知れば、嫌な顔をする人が大勢いるはずだと思ったからだ。
ジャーファルが時折の方を見て何か難しい顔をしていたが、はそれには全く気が付かなかった。
何を思ってヤムライハがここに自分を連れてきたかは分からなかったが、ヤムライハがを連れてきた事で批判を受けるようなことがあってはいけないと、はそれだけを考えていた。










2016/02/13

渇いた、大地 06