04
シンドバッドとの牢屋での問答の後、
は牢屋から出された。
横を兵士に囲まれてはいたが、牢屋のある建物からすんなりと出る事が出来た。
は太陽の下に出ることがとても久しぶりに感じられて、強い光に目を細める。
王に付き従っていた内の一人、ヤムライハが
の前に回ってかがみ、外された枷の代わりに腕輪を
の小さな両手に嵌めた。
「これは魔法の発動を抑制する腕輪です。私の呪文がないと外れないようにしてあるわ。訓練の時には私が外します。それ以外はちょっと不便かもしれないけど我慢してね」
に付けた腕輪から顔を上げると、ヤムライハはそう言った。
鉄の枷の代わりに両手に付けられたのは、木で出来た厚みのある幅広の腕輪だった。腕輪の外側には小さな文様がぎっしりと書かれている。
「……はい」
は全く嫌がる素振りも見せず、従順に頷いた。
それから
は、ジャーファルと名乗る“政務官”と、
の師匠になるヤムライハに、部屋に案内されるまでにここで修行をする上での条件を聞かされた。
「王宮から出てはいけません。修行時以外、魔法を使ってもいけません。それから、こちらが良いと判断するまでの当分の間、部屋には見張りの者を付けます。部屋から出る際には必ずその者と一緒に行動するように。良いですね?」
「……はい」
ジャーファルはあまりにこりともせず、あくまで淡々と条件を口にした。
普段なら子供には甘いジャーファルだが、それが前科ある者となれば話は別である。まだ完全に自由にさせるには危険と思っているらしく、
に対しての警戒心が伺えた。
「もしまた万が一にでも魔法を暴走させるような事があれば、その時はこの国には居られなくなることをお忘れなく」
「……はい」
はそれでも、ただ素直に頷くだけだった。
部屋に着くと、部屋の前には既に兵士が二人立っていた。
兵士を軽く紹介されてから部屋に入った
は、とりあえず湯殿を使って今日はゆっくり休むようにと言われた。
「
、明日の朝食後、部屋まで迎えに来るわ。それまではゆっくりしておいてね」
「……すみません」
ヤムライハとジャーファルが部屋を出て行くのを、
は頭を下げて見送った。
そうして改めて部屋を眺めて見ると、ベッドに簡易の机とイス、それに衣装ダンスと必要最低限の物が揃っているだけのごく普通の部屋だ。けれど今まであまり余裕のあるとは言えない生活をしてきた
にとっては、勿体無いくらいのいい部屋と言える。
それに、
は事件を起こした張本人である。それを考えると
はどうしても申し訳ない気持ちになった。
どうしてたくさん人を傷つけた人間なんかが、こんな所に住まわせてもらえるのだろう、と。
王との問答を思い返しても、そして今自分の置かれている状況を見ても、あまりにも話がうまく行きすぎていて自分で自分に不安を覚える。
罰せられるべき人間に、このような安寧が与えられていいのだろうか。
王の言ったことは、分かる。
自分はこれから修行を積んで、この正体のよく分からない力を自由にコントロール出来るようになって、そしていつかはこの国のため、この国の人々のために使う事で、自分の罪を償う。
けれど、それまでの道のりはどう最低限の勘定をしても、自分にとって恵まれすぎているのではないかと思えてならなかった。
今まで1日を過ごすにのやっとという生活をしてきて、シンドリアに来ても自分で自分の必要とする金銭を稼いで来たのに、この環境があまりにも自分に相応しくないように思えて、
は誰にともなく、とても申し訳なくて、顔向けできない気持ちでいっぱいになった。
そんなことを悶々と考えていると、かれこれ3日は眠っていない事に加えて、王様との応酬で緊張しきっていた体は、すでに疲れも限界に来ていると見えて、少しでも気を抜けば睡魔に意識を持って行かれそうだった。
湯殿を使っていいということだったが、湯殿へ行くのはまた後にする旨を見張りの兵士に伝えると、
は寝台の掛布だけを引きずってきて、部屋のすみで掛布にくるまった。
寝台を使うのはどうしても出来なかった。
申し訳なくて、自分にはそんな資格などないように、思えて。
どうせ今までの一人暮らしでも擦り切れた絨毯の上で眠っていたし、それを考えればこの部屋の絨毯の方がふかふかしている分、まだいくらも上等だ。
シンドリアは例え夜でも凍える事はない温暖な気候だし、寝台を使わずとも十分に寝起き出来る。
「(つかれた……)」
は体の力を抜き、久しぶりに訪れる睡魔に身を任せて目をつぶった。
「ジャーファルさん、
に対してちょっと冷たいんじゃぁ…?」
の部屋を後にして、ヤムライハはジャーファルと連れ立って廊下を歩いていた。
先ほどの
の塩らしい様子が、ヤムライハは少し気になっていた。
「彼女は事件を起こした張本人ですよ。例え子供と言えど、信用が置けるようになるまで気は抜けません」
「そうですけど…。彼女、力の使い方が分からないだけなんですよ。抵抗する様子も今のところ全く見せていませんし、きっと悪い子じゃないんだと思うんです」
“魔法”という単語自体を知らなかった所を見ると、魔法には全く親しみがない国の出自なのだろう。そういう国で育った魔法使いは、迫害されたり差別されたり、大変な思いを経験している人が多い。
きっと
もそうなのだろうと思うと、ヤムライハは胸が痛んだ。
「そうであればいい、とは私も思っていますよ。でもそれもまだ分かりませんからね」
「……はい…」
「彼女の事、お願いしますよ。彼女がどうなるかは、あなた次第なんですから」
「分かっています、ジャーファルさん。きっと、王の意思に沿ってみせます」
紫獅塔に向かうジャーファルとはそこで別れ、ヤムライハは明日からの事に楽しみ半分、不安半分な思いを抱え、自分の研究室へと帰っていった。
2016/01/31