「右手に持ってたやつ、あれは何だ?」
除霊が終わり、麻衣と真砂子を迎えに行くためにエレベーターで下へ向かっている途中、滝川は感心しながら
に尋ねた。
「滝川さんにも見えました?」
「ああ…ぼんやりとだが。俺には錫杖のように見えた」
「そんなような物です」
「ふーん……呪文も真言に響きは似ちゃいたが、違うみたいだったし」
「あれは
の家の中で独自に進化したものらしいです。大元は真言らしいですよ」
「へぇ……」
あっけらかんと答える
に、滝川は先ほどの光景を思い出して、末恐ろしい、と心の中でひとりごちた。
14
「どこであんなエゲツナイ技を覚えたんだ」
ベースに着くと、モニタを見ていたらしいナルに開口一番、そう言われた。
「えげつないとか…。まあ、慣れてますけど。あれが
の術なんですよ」
「
の術?」
「
一族はね、代々能力者を出す家系なもので」
どうやらモニタで見ていたナルには、霊がバラバラになる様子もしっかりと見えていたらしい。
いくら霊とは言っても、バラバラになって散り散りに消えていく様を見るのはあまりいい気分ではないだろう。
食卓では真砂子が青い顔をして椅子に座っていた。麻衣が心配そうに横についている。
「大丈夫か、真砂子?」
滝川が尋ねると、真砂子は袖で口元を覆ってええ、とそれでも元気の無い声で答えた。
「さっき、凄い悲鳴が聞こえたんですの…男性の声でした。凄く苦しそうで…」
真砂子を心配しているとうの麻衣も、顔色があまり良くない。
二人は除霊の映像を見ないようにしていたのだが、けれど霊媒である真砂子や敏感な麻衣には、空間を飛び越えて男性の叫び声が聞こえていたらしい。
霊的な現象は時に物理的な障害物をも飛び越えるのは周知の事だが、今回に限ればそれは二人の少女につらいものを聞かせることになった。
それなりに聞き慣れている
でさえも、あの声は聞いていて気持ちのいいものではない。滝川やナル達には聞こえなかったそれは、霊媒が聞くにはだいぶ堪えるものだったに違いない。
「とても痛々しい叫び、でしたわ…」
「うん……ちょっと、心臓が冷えちゃう感じの声だった…」
二人して気落ちしている様を見て、
も流石に申し訳なくなった。
「あー……それは、どうも、申し訳ない…」
の術は、相手を金縛りにかけた上で、二度と再生することがないように、小さな思念すらも消し飛ばす威力で以って相手を滅する。
今回の相手はそれなりに強い力を持っていたため、金縛りをかけてもなお動けていたようだが、霊からすれば
の術を真っ向から受けてしまえばひとたまりもないだろう。
四肢を引きちぎられて粉々にされる人の気持ちなど、到底想像もつかないけれど。
「だから気が進まなかったんだけどね」
「
の除霊が十分に信用の足るものだったのは分かった。だから今度からは緊急に迫られた時以外は控えてくんね?
ちゃんや」
「だから最初からそう言ってるじゃないですか。特に、出来るだけお二人の周りでは控えるようにしますよ」
「ごめんなさい、
さん。あたし達がお願いしたのに」
「いいのいいの、こっちこそごめんね谷山さんに原さん。つらい思いをさせてしまって」
「いえ…」
もしかしたら、二人には他の“何か”も見えていたのかもしれない。だから、こんなに顔を真っ青にして、心を痛めている。けれど、
「私は声は聞こえてたけど、でもあの男性がどんな気持ちで消えていったのかは分からない。でも、あなた達はきっとそうじゃないんだね。それはとても大切な事だけど、でも引きづられたらいけないよ。あの人達と私達は、住む世界が違うんだから」
「……うん」
言われた二人は苦いものを噛みしめるように、けれど微かに頷いた。
それからはすぐに除霊というわけにも行かず、
の入れたお茶でしばしの休息と相成った。
その間にリンは準備のために外出し、今はナルがモニタの監視をしている。ちなみに、安原もリンのサポートで今日はまだずっと外に出たままだ。
たまに雑談をするくらいで、そのまま昼食にしようかと言っていたところで、玄関のチャイムが鳴った。
麻衣に付き添われてベースに辿り着いたのは、大家に付き添って病院へ行っていたジョンと、
が見たことが無い女性だった。
と綾子は簡単にお互いに自己紹介した。
これはまた巫女に見えない巫女が居たもんだ、とは
の心の声である。
綾子は今日の朝ナルに呼び出されたらしく、病院関係にツテの多い綾子に諸事をいいように取り計らってもらい、書いた護符を病院の大家夫妻の部屋に貼って、ついでに綾子がジョンを拾ってこちらに合流したのだという。
「随分協力者が多いんだね、谷山さん。もしかしてまだ居たりするの?」
「いえいえ、協力者はこれで全部ですよ」
だいぶ顔色の良くなった麻衣が、滝川と綾子が早速始めた言い合いを笑って見ながら答えてくれた。
「あんた達どうせまた碌なもの食べてないんでしょ。ついでだから食材買ってきたわ」
綾子はそう言うと、持ってきていた食材を次々と袋から出し始め、お昼の準備を手際良く始めた。かなり手馴れている様子だし、言い合いをしていた滝川も一変して「いつもわりーな」などと言っているので、恐らく綾子がSPRメンバーの食事を作るのは良くある事なのだろう。
ほどなくして出来た料理は、どれも簡単だがバランスをしっかりと考えられた、久しく
が目にしていなかった“家庭料理”だった。
「さっさと食べちゃいましょう。午後からまた除霊なんでしょ」
「じゃ、遠慮なく」
「いただきまーす」
「お、おいしい…!」
同じ食卓を囲んで同じく食事を頂いた
の第一声は、「おいしい」だった。
そんなに時間はかかっていないし、見た目もとても凝っているというわけではないのだが、けれど間違いのない味付けで他所様に出しても恥ずかしくない、申し分ない食事だった。
「松崎さん、料理お上手ですね…!」
始終感動したまま、
はぺろりと食事を平らげた。
「さて、じゃあ午後の部に突入と行きますか」
滝川の号令で、午後の除霊が始まった。
午後は人員が増えた事もあり、麻衣・真砂子・綾子の組と、滝川・ジョン・
の組の2グループに分かれて除霊することになった。
「で、あんたはちょっとは役に立つんでしょうね?」
グループ分けをする際、綾子は腰に手を置いて、明らかな上から目線で声高らかに、不躾にも
にそう問うた。
きょとん、と目を瞬かせた
は、にへら、と笑って手で頭の後ろをかく。
「いやー、どうでしょう?一応除霊は出来るんですけど。SPRの調査員や協力者の方々からしてみたら、私なんて全然大したことないかも」
それには、先ほどの除霊の様子を見聞きした人達は口元をヒクつかせるより他なかった。
謙虚なのか、天然なのか、計算なのか、測れない所がまたこの
という人物を変な人だと思う要因だろう。
「何よ、それ。大丈夫なの?」
「さあ?」
が反論する様子がないのを感じ取って、もう!と麻衣が声を上げた。
「綾子、
さんに失礼でしょ!」
「
ちゃんのアレが大したことない程度だってんなら、大したことあるのはもんのすごい事になるぞ」
「少なくとも松崎さんよりは頼りになりますわ」
口々に言われて、綾子はバツが悪そうに「あっそうですか!」と言い放った。
「なんかどうもスミマセン」
は変わらない調子でペコリと軽く会釈した。
後ろでジョンがのほほんと見ているのを見て、「ああきっとこれも慣れた光景なんだろうな」と
は思う。
「せいぜい頑張ってよね」
「はぁ、そうします」
ふん、と言いながらズカズカと歩みを進め、綾子含む麻衣達のチームは一足先にベースを出て行った。
どうにも周りの様子を見るに、なんとも微笑ましいやりとりである。
最初はニセ霊能者呼ばわりでもされてチクチクと嫌味でも言われるのかと思ったが、どうにも分かりにくい、けれどもしかしてこれは自分を心配をしてくれたのかもしれない、とも
はなんとなく思う。
昼食を作ってくれた時もそうだったが、綾子はグチグチ言ったり刺のあることを言っていたりする割に、結局はあれこれと面倒見が良いのだ。
つまりは、そういうことなのだろうと思った。
「さーって、じゃあ俺達も行きますかね。ナル坊、リン達が帰ってくるのはいつ頃になりそうかね?」
「夕方頃の予定です」
「了解。じゃあ、それまでもうちょい頑張りますかね」
先ほどの続きで
達は上の階から、麻衣達は下の階から攻めていくという事になった。
麻衣達の方は、真砂子と綾子で除霊を交互にしているらしい。
達の方は、滝川とジョンが交互に除霊を行い、
が霊視で確認する、といった体制を取った。
二つのグループがそろそろ合流出来そうだ、という段階になって、インカムに連絡が入った。
リンが帰って来る前に作戦に使う部屋の準備をするため、そろそろベースに戻るようにと所長からのお達しだ。
今ジョンの行っている除霊が終わった所で、
達のグループもベースへと引き返した。
少しずつマンションが不穏な空気に包まれているのに
は気がついていたが、殊更それには気にかけないように努めて、滝川やジョンに付いて
もベースへと入って行った。
2015/03/12