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「話は終わったかい、ちゃんや」
「はいー、終わりました」

何の話をしていたかを聞かれるだろうとは思っていたが、麻衣、滝川、真砂子の3人が特にそれについて口を開く様子はない。
麻衣などは聞きたそうにはしていたけれども、がわざわざ“ナルと話したいことがある”と言って人払いしてから話したことなのだから、無闇に踏み込むものではないと判断したのだろう、結局何も聞いてこなかった。
としても、ナルの素性はすでに周知の事らしいので隠す必要は無かったようだが、ユージンについては話して欲しくないとのナルの意向もあることだし、どこまで話してどこまでを話さないのか、その情報の精査は正直言ってめんどくさいし、そういう頭の使う事は得意でもない。
むしろにとっても結果的には都合が良いので、聞かれないならも特に話そうとはしなかった。

「除霊、進んでます?」
「んー、いちおう…」

ちょうど一件除霊を終わらせたらしい滝川が微妙な笑みを浮かべた。

「どうにも手応えが微妙なんだわ。一応、ここから居なくなってはいるんだろ?真砂子ちゃん」
「ええ。憑いていた場所からは居なくなっています。除霊出来たのかは分かりませんが…」
「そうですかー、ご苦労様です」
「次はちゃんがやってみせてよ」
「え、私ですか?うーん、気が進みませんね」
「この期に及んでまだそんな事を言うか。今回は人的被害も出てるし、既に悪霊に近い奴らだ。早々にケリつけないとヤバいだろうが」
「そうなんですよねぇ…。ただですね」

は一旦そこで言葉を区切って、ちらりと真砂子の方を見た。

「……霊媒の方に言わせると、のやり方は随分と乱暴なので、見ていて気持ちよくないそうです」

そうが言うと、真砂子が微かに顔を諌めた。
もしかしたら真砂子もそういう質(タチ)の霊媒かもしれない、とはそれを見て思う。
別段、悪いことではない。
霊媒は霊の感情やその背景を感じ取る事が出来るため、非常に貴重な存在だ。
だが、彼らはその能力故に、除霊という行為をあまり好まない人も多い。

彼らは“見えすぎる”のだ。

見える彼らには霊の苦痛までもが、もしかしたら見えているのかもしれない。
霊の感情が見えないでさえも、普通の霊を除霊するのは出来れば避けたい所なのだから、相手の感情やその背景までをも感じ取る霊媒ともなれば、推して知るべし、である。
知り合いの霊媒に、以前は言われた事がある。

の術は強力で頼もしいのだが、少々強引すぎて見ていて気分が悪い”、と。

けれど、そろそろそんな悠長な事を言っていられなくなってきたのはも分かっている。

「そういえば真砂子も以前、そんな事言ってたよね」

麻衣が少し心配した顔で真砂子を見る。真砂子は遠慮がちに頷いた。

「そうですわね…。強制的に霊を排除するのは、出来ればあまりしてほしくありませんわ」
「しかし、いざって時にがどのくらい信用出来るのかは、出来ればそろそろ確認しておきたい所なんだがね」

どうやら滝川は、ナルからの除霊能力についても観察してくるように言われているらしい。
少し話し合ってみたが、結局、真砂子と麻衣は一旦ベースに戻し、滝川とだけで一度除霊をすることになった。
真砂子と麻衣をベースまで送り届けてから、と滝川は屋上へ向った。

「大丈夫かい?屋上は結構強力なのが居るって言ってたじゃねーか」
「うん、そうなんですけどね。でもまぁ、退治するならまずここからだと思ってましたので。兵士二人じゃないですが、多分私の見立てでは彼らの右腕くらいには力を持ってる奴だから、早い内にかたしておいた方が後が楽かと」
「無理だと思ったらすぐに中止しろよ」
「ご心配なく。私はどちらかと言うと化け物退治の方が専門ですので」
「え、そうなの?」
「はいー」

にへらー、と笑うに、滝川は脱力した。
そんなすごい事を言ってのける割には態度は変わらずのんびりしているので、どこまで信用していいかが分からないのだ。
本人曰く、除霊の力はそれなりに強いらしいが、しかし未だ滝川達はの除霊を見たことがない。
何か緊急事態が起こった場合、どれほどを信頼出来るかは、出来れば前もって知っておきたい所なのだ。

屋上へ着くと、何の変哲もない普通の風景が広がっている。
昼間ではあるが、空は厚い雲に覆われていて日差しは全く無い。マンションのすぐ横を走る道路から、車が忙しなく行き交う音が聞こえてくる。

「ナルちゃん、今から屋上の除霊を始める」

滝川が軽くインカムでベースへと伝える。
了承の意が返って来たのを確認すると、滝川はにもその旨を伝える。

「ではいっちょ行きますかね。滝川さんは入り口辺りに居てください」
「分かった。くれぐれも無茶はすんなよ」
「はいー」

間延びした返事を返してから、は滝川を屋上の入り口に残して、開けた中央辺りまで歩みを進めていった。
くるりと一度周りを見回してから、入ってきた入り口側に背を向けるようにして直立し、目を閉じる。
身体の力を抜いて、辺りに気配を巡らせた。
神経を研ぎ澄ませると、ここに潜んでいるものの気配がより鮮明に感じられるようになってくる。

「(お、居た居た。これは……奥さんに憑いてた奴だな)」

まだ昼間ということもあって、闇に身を潜めている。けれど、屋上に入って来たと滝川をじっと見ているようなじっとりとした視線を感じる。
はゆっくりと霊の潜む方へと身体を向けてから、静かに息を吐き出した。
パチリ、と目を開ける。

「レン」

ゆっくりとした動作で、は左手だけ胸の前で合掌の形を造った。右手はだらりと下に垂らしている。

「ソンテイ イレイヤ クダラ レイ レンヤ セツマ」

は詠唱を始めた。腹の底に響くような重低音。
目つきは鋭く、一点を睨みつけている。

「フストーヤ ロンロギヤ ネイレイカ セツマ」

滝川がの詠唱を聞いた時、それはどこか真言に似ていると思った。
響きやテンポが、どことなく似ている。
けれどそのスタイルは仏教とは似て非なるものであることは分かる。
最初の何章か唱えた辺りで、は下ろしていた右手を何かを持つようにしっかりと握り閉めた。それは、がいつも除霊の際に使う錫杖に良く似た、長い得物(、、)だった。
まだ先端は下に向いている。

「トルディーク サクディーダ メンサリヤ セイ テイ セツマ」

詠唱は続いた。
その内、屋上に白い靄が漂い始める。外に居るというのに肌寒くもなってきた。
滝川はを凝視しながら数歩扉の方へと後ずさる。反射的に、右手はジーパンの後ろに刺してある独鈷杵に伸びていた。

『ぼーさん、何か出るぞ』

インカムからナルの声が聞こえる。
滝川の目には温度が下がったために発生した白い靄以外は何も映っていないが、カメラを通した映像では何かが見えているらしかった。
には、もちろんその霊が見えていた。
以前よりも輪郭がはっきりとした、狼のような姿をした霊。
姿を偽っているが、が詠唱を唱える度にその姿は成人した男性のような形に変わってきていた。
滝川と同じくらいの年頃だろうか。
昔風の着物を纏い、血走った目でを睨みつけながら、とても動きづらそうに、けれどにじりにじりとの方へと少しずつ歩みを進めている。
はそれとにらみ合いをしながら、更に詠唱を続ける。
先に動いたのは、男の霊の方だった。
不自然に一瞬浮かび上がったかと思うと、再び狼の姿を取る。そのままへと素早い動きで襲いかかった。

っ…!」

姿がはっきり見えるわけではない滝川でも、黒い靄のようなものがに向って飛翔し襲いかかるのが分かった。咄嗟に滝川は一歩踏み出すが、は飛びかかって来た霊をひらりとかわした。
すぐさま取って返して再び襲い掛かる霊に、は今度は自分から一歩踏み出した。手にしている錫杖の如きものを両手で槍のように持ち、霊が襲いかかる進路からすれすれの所で若干身体をずらして、すれ違い様、それで霊を薙ぐように斬りつけた。

「ネイレイヤ テンジュラン ソンテギヤ セツマ!ゼンッ!」

グシャ、という音は滝川にも聞こえた。
それは何か重量のある湿ったものが何かにぶつかったような、何かに分断されたような、そんな音だった。

その音は、の“気”で造った錫杖のようなものが、霊を引き裂いた音だった。
気の刃によって引き裂かれた霊は、獣の四肢を散り散りにしながら分散し、断末魔の叫び声を上げた。ちぎれた四肢は人間のものに戻ったかと思うと、黒い瘴気のようなものを撒き散らしながら霧散して、大気に溶けこむようにして、消えた。
それを目で追っていたは完全に霊が消え去るのを見届けると、もう一度軽く左手だけで合掌の手を作って呪を唱え、右手の内にあったものを消した。

「ほい、終わり」

軽い口調でそう言ってくるりと振り返ったは、いつもののんびりとしただった。
先ほどまで唱えていた腹の底に響くような声も、視線だけで人を射殺せそうな鋭い目つきも、そこにはもう見当たらなかった。









2015/02/27

蘇った守護者達 13