12
「昨日の夜、正確には今日の午前1時すぎ。あなたのご兄弟という方に会いました」
は、ナルが少しは驚くだろうと思っていたが、ナルはいつもと変わらず無表情だった。
「ご兄弟、亡くなられてるんですね」
「ええ」
「えーっと、ご愁傷様でした」
「どうも」
ナルは酷く落ち着いていた。というよりも、いつもと全く変わった様子がない。
既にそれについては整理がついているために平静を保っているのかもしれない、と
は思いもしたが、酷くドライなナルに
も少し戸惑う。
「それで?」
全くいつもと変わらない調子でそう聞かれて、逆に
が目を瞬いたくらいだ。
普通、死んだ自分の肉親に会ったと言われて平然としていられる人は少ない。
「先ほど話した、兵士が大家を敵と思っている、結界が壊れかけている、というのは、ユージンさんから教えられた話です」
「なるほど。それでジーンが僕達に“気をつけろ”と言っていたんですね」
「(ジーン…愛称だろうか)。ええ、そうです。昨日の朝の除霊の際に私が感じたのは、どうやら彼だったようですね。麻衣に警告をしようとして出て来たけれども、ここには結界があって弾かれてしまって長くは居られないと言っていました」
「マヌケな奴だ」
「(!?いやいや、あんたマヌケって…)」
もうちょっとしんみりと話を聞いてくれるものだと思っていた
は、ナルの反応にだいぶ驚いてしまった。
死んだ家族が霊になって出たなんていう類の話は、普段はとても厳かに受け入れられるものだ。
それが、“マヌケ”だとは。
「えーっと……それで、ですね。まぁ、こういうデリケートな事はあまり周りの人には聞かれたくないかなーと思って、敢えて二人でお話ししようかと思ったんですが……」
「それは要らない心配でしたね」
「そ、そですか…」
流石にこれには
も苦笑いを漏らした。
何度も言うが、死者からのメッセージを受け取った家族というのは、泣き崩れたりしてもおかしくはないほどにそれを重く受け止めるものだ。
それが、ナルにかかればどうだろう。
変わった方だとは思っていたが、まさかこれほどまでとは。
これは超心理学研究者だからとか、こういう現象に慣れているとか、そういった次元の話ではないような気が、
にはした。
しかし、
が気にかけていたのはそれだけではない。
渋谷一也という偽名を使っている以上、素性を知られたくないというのは多少あるハズなのだ。
だから、もしかしたらこの事務所の人間にだって、ひょっとしたらナルは自分の“素性”を明かしていない可能性がある。だとするなら
のように、“ユージン”という兄が居るということから、皆が素性を感づいてしまう事にもなりかねない、と心配したのだが。
「あと、もう一つ。えーっと、ですね……ユージンさんから教えられた情報を見るに、ユージンさんも霊能者、おそらく霊媒だったんじゃないかなと思うんですよね」
「そうですか」
「はい。で、ですが。私、ユージンという名前の凄腕の霊媒に、多少の心当たりがありまして」
「それで?」
「その有名な弟の事も、一応伝聞ですが知っててですね。ついでに言うと、あなたの事務所のSPRの意味も、ホントは渋谷サイキックリサーチの略ではないんじゃないかなと思ったりもするわけなんですが」
「ほう。思ったよりも馬鹿ではないらしい」
「……思ったよりも、は余計だっつの」
不遜な感じに口角を上げて笑うナルを見て、
は敬語を使うのもなんだか馬鹿らしくなってきて、素直にツッコミを入れた。
このナルのどちらかと言うと“悪役”的な笑い方を見ていると、昨日見たあの爽やかな笑みを思い出して
は溜息をつきたくなった。
ナルはきっと、死んだってあんな笑い方はしないだろう、となぜだか確信をもって言えた。そんな確信があったって、嬉しくともなんともないのだけれど。
「なんか緊張してた私が馬鹿みたいに思えて来た…。単刀直入に聞くけど、所長さん、本名をお聞きしても?」
「そこまで分かっていて聞くか?」
「じゃあ聞き方を変える。あんたはオリヴァー・デイヴィス博士だね?」
それには、ナルは肩を竦めて見せた。
これは肯定と取っていいのだろう。
違うなら、ナルは盛大な嫌味と共に容赦なく“違う”と切り捨てるハズだ。
あまり当たっていて欲しくない予想が当たってしまった事に対して、
は溜息をついた。
なんだってこんな大物に、こんな所で会うのだろうか。
「リンさんも本家SPRの調査員って事ですかね」
試しにリンに背中越しに尋ねてみると、少し表情を崩したリンが振り返った。
「(お、珍しい)」
「ええ、そうです。よく気が付きましたね」
「まぁ、ユージンなんていう霊媒に会っちゃいましたからね」
「そうですか。それでも、この業界に精通していないとまず気が付きません」
「私も伊達に霊能者やってないですからね。しかし、そっかぁ。デイヴィス博士がまさか自分よりも年下の小生意気な小僧だったとは…」
よよよ、と
は泣きマネをしてから、はぁ、と大きく溜息をついた。
「正体が分かってからの方が慣れ慣れしいな」
「お互い様でしょうが。もうなんか敬語で話すのも馬鹿らしく思えて来たんだよ」
呆れたように
が言うと、フ、とナルは笑った。
ナルも笑えるんだという事は
にとって新しい発見だったが、それが口角を上げた見下したような全くもって可愛くない笑みなので、年下だが“所長”という立場の人間に敬意を払うつもりで敬語を使っていたのに、もはやどうでも良くなってしまったのだ。
向こうも遠慮無しに“馬鹿ではないらしい”とか言って来るんだから、遠慮なんてする方がどうかしている。
「あんたが偽名なんて使ってどうやら素性を隠したがってるふうなんで、人払いをしたというのもあったんだけどね」
「それこそ無用だったな。もう皆知っている」
「あ、そ…」
以前は隠していたけれどもバレてしまった、とは言わない所がナルの狡さだったが、
がそれを知るのはまだ先の事だ。
「変な気ぃ回して損した…」
「だが、ジーンに会った事は麻衣達には言わないでくれ」
「え?それは、いいけど…」
ナルは表情こそ変えなかったが、その時だけは
と目を合わそうとしなかった。
リンも少し気まずそうにしていたので、何かあるのだろうということだけは分かった。
そして、それだけ分かれば十分である。
それぞれの事情に口を挟むほど
とて野暮ではない。
もそれ以上の言及はしなかった。
「じゃ、話も終わったことだし、私は除霊にでも周るかねぇ」
「待て。一人で行動するなとさっき言ったばかりだろう。今、麻衣達を呼ぶ」
「大丈夫ですよー。これでも一応、
一族では右に出るもののない実力者と言われてるんやからね」
ニッ、と
は笑った。
その笑みには、今までのどこかのんびりとした
のイメージからはかけ離れた、ともすれば畏怖の念を抱いて然るべき雰囲気があった。
「(…何者なんだ、一体)」
ナルは微かに目を細めた。
時折見せる、
の豹変とも取れる雰囲気。
それは、まさに“能ある鷹は爪を隠す”ということわざを体現したかのようだった。
「あ、それともう一つ」
一人でリビングを出ようとしていた
は、思いついたようにドアノブにかけていた手を止めて振り返った。
「後でサインください、デイヴィス博士!」
「……さっさと行って来い」
「へいへーい」
今度こそ玄関を出て行った
に、ベースに残った二人の人間の溜息が重なった。
2015/02/22