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<< Saturday : Day 6 >>






目覚ましが朝6時を知らせる。は、まだ眠たい目をこすりながらもそりと起き上がった。
土曜日はいつもなら昼近くまで寝ていることも多いのだが、今日ばかりはそうも行くまい。昨日、正確には今日の早朝、“ユージン”から言付かった警告を、出来るだけ早く伝える必要があるのだから。
3時間ほどしか眠っていない目に朝日がシミる。
は顔を洗って身支度を整えると、ゴミをまとめてから玄関を出た。ゴミステーションにゴミを捨ててからベースに行こうと思っていたのだが、1階でエレベーターを降りた所で、はSPRの面々がエレベーターホール外のマンション前に居るのに気がついた。佐久間も居る。
こんな時間に、と思いもするが、その場面を見れば一騒動起きた後だという事は一目瞭然だった。
佐久間の近くの地面には、焼け焦げて黒くなったゴミ袋だったようなものの塊。消火剤を浴びて、ベトベトになっている。側では自分の手を庇いつつ呆然とする佐久間の姿。
回りには滝川とリンが消火器を持っていて、滝川なんかは肩で息をしながらうずくまっている。
その横では、麻衣と見ない顔の美少女が事の成り行きを見守っていたようだった。
エレベーターホールを抜けて玄関の自動扉を出ると、辺りには何かが焼け焦げた匂いが充満していた。

「……なんか、えーっと……おはようございます」

頭の後ろをかきながらボソリとが言うと、呆然としていた人達が一斉にの方を向いた。

「おお…。なんか……お疲れ様です?」

イマイチ気の抜けた声でそう言うと、皆一斉に脱力したように緊張を解いた。滝川などはあからさまに溜息をついている。

「とりあえず、大家さんは部屋へ戻ってください。外は危険です」
「ああ、はい…」
「谷山さん、原さん、お願いします」

リンの指示で、佐久間は二人の少女に付き添われて、足早に佐久間の部屋へと戻って行った。
それを目で追ってから、とりあえずも燃え跡を避けながら自分のゴミをゴミステーションに置く。それから若干遠慮がちに滝川とリンに近寄って行った。

「……大丈夫ですか?」
「俺らはね。どうにも、大家が狙われてるっぽいな、やっぱり」
「何が起きたんです?」
「とりあえずここの片付け、手伝ってもらえるか?あとで詳しく説明する」
「ああ、はい」

はリンと滝川と協力して、その場のゴミの残骸や消火剤を片付けてから、佐久間の部屋へと向かった。










佐久間は今日の朝起きてから、ゴミを捨てようと部屋を出てエレベーターホールを横切り、マンションの外へ出た。
その時、事件が起こった。
佐久間が手に持っていたゴミが突然、青い炎とともに燃え上がったのだ。
すぐに佐久間は手を離したものの、あまりに大きな火のせいでゴミを持っていた方の手から肘まで大きな火傷を負った。
モニタを監視していたらしいリンが異変に気づき、滝川を起こして消火器と共にすぐに消火に当たった。
佐久間には護符を渡していたハズだが、寝起きということで寝間着のままだったため、護符を持っていなかったらしい。その状態で護符で守られた部屋から出てしまえば、無防備になってしまう。
そしてそれを待っていたかのように、霊障が佐久間に襲いかかった。
火傷の具合が酷いため、急遽救急車が呼ばれ、佐久間は紗栄子とジョンが付き添って病院へと運ばれて行った。

「原さん。霊の存在は感じましたか」

佐久間が運ばれて行った後、SPRの面々はベースへと集まって先ほどの件について話していた。
真砂子とお互いに自己紹介した後に、も後ろの方から申し訳程度に話に加わる。
SPRのメンバーは先ほどあんな事があったというのに、思いの外落ち着いていて、状況整理も淡々とこなしている。
こういう所を見ると、なるほど、この人達は“プロなのだ”とは思わずにはいられなかった。
ナルに尋ねられた真砂子は、少し考えるそぶりをしてから口を開く。

「はい。狐火を使ったのは空虚な霊のようでしたけれど……その霊の後ろに、強い怒りを持った兵士の霊が居たようですわ。見張っていたようです」
「その兵士の霊が、空虚な霊を使役していた、と?」
「そのように見えました」

昨日、が出かけた後に真砂子が呼ばれ、それからマンションの霊視をしたらしかった。
そこで、どうやら強い怒りを持った兵士の霊が関係があるようだ、ということまではわかったのだと先ほど麻衣が教えてくれた。
今回の件で、空虚な霊を使役しているのがどうやらその兵士の霊のようだと、SPRの面々は考えたようだ。
はその現場を見ていないのでなんとも言えないが、しかしユージンの話を聞く限りでは、兵士の霊がその他の霊を使役していると考えるのが妥当のようだった。

さん。昨日の朝から比べて、霊の数は減っていますか」

昨日は霊の数をとりあえず減らそうということで、何箇所か除霊をしてまわったらしい。

「へ?ああ、えーっと数は確かに減っているようですね。場所が変わっただけのも居ますけど。でもここにいる霊を兵士が使役霊として使ってるんだったら、下っ端を減らすより兵士をなんとかしないといけないのでは?」
「分かっています」
「ですよねー」

ナルの言葉は容赦がない。
はハハ、と軽く苦笑を漏らしつつ、作戦会議を続けるSPRの面々を見守る事にした。
状況から色々案は出たけれども、最終的には囮作戦を行う、という事で決定したようだ。

「囮、と言うと聞こえが良くねぇな。ナルちゃんよ」
「もちろん大家を本当に囮にするわけじゃない。リンが作った人形(ヒトガタ)を使って、兵士の霊をおびき出す」
「あ、なるほど」
「原さん。霊は大家がマンションを出て行った事に気がついていますか」

ナルが聞くと、真砂子はまわりを少し見回した後、いいえ、と首を横に振った。

「気がついていないようですわ」
「護符が効いているようだな。よし、少し準備までに時間がかかる。それまでは分担して出来る限り除霊をやってみる」
「あのー、話の腰を折るようで申し訳ないんですが」
「……なんですか、さん」

ナルが指示を出してそれぞれが動き出そうと気を引き締めた所で、のんびりとした声が場に響いた。
除霊の役を一応任されたである。
一斉にメンバーの視線がに集まる。それに臆することなく、あのですね、といつものペースでは口を開いた。

「気を付けてください。ここの霊は、危険です。大家を殺しに来てます。それを邪魔する者は容赦しないと思ってもいるようです」
「……あなたは、霊がどのような感情を持っているかなどは分からないのではなかったんですか」
「ええ、その通りです。でも、私自身が霊の感情を感じ取れなくったって、それを知る手段はあるということです」
「……」
「首謀者は兵士、二人居ます」
「二人?」
「一人ではなくて?」

真砂子が驚いたように問うてくる。

「ええ。まだ姿を見せていないだけなのかは分かりませんが、兵士の霊は二人居るようです」
「そう…」
「どうやらその二人が、大家が領地を奪いに来た敵だと思い込んで排除しようとしています。今までは結界が張られていて、活発に動く事は出来なかった。けれど、結界が弱まった事でもうほぼ以前と同じ力を取り戻しているようです」
「なるほど。結界については原さんの言っていた事と一致しますね」
「お、彼女もそれを?」

真砂子の方を向くと、ええ、と真砂子は控えめに頷いた。
真砂子は昨日こちらに着いてから、霊視と共に件の柱についても見に行った。その時に真砂子も同じ事を感じたのだと教えてくれた。
けれど結界についても、壊れかかった結界については気がついたらしいが、古い結界については真砂子は何も言及しなかった。

「実はですね、結界は二つあったんです。一つは、元からここにあった、この土地やここに眠る霊を守るためのもの。そしてもう一つが、マンションを建てる時に張られた霊を封じるためのものみたいですね。壊れかけているのは、その新しい結界の方です」
「そう…。それで変な感じがしたんですわ。綻びて歪んだモノが結界だという事は分かっていたのですけれど、わたくしが霊を探るろうとすると何かが邪魔するような感覚もあって…。それがきっと、古い結界のせいなのですわ」

なるほど、とは少女を見て思った。
どうやら少女はだいぶ優秀なようだが、けれど性質を正確に見抜くという意味では少し能力に欠けるようだ。それでも、これだけのことがわかり、しかも霊の感情や背景まで読み取る能力は、さすが有名な霊媒なだけはある、とは思った。

「とにかく、十分気を付けてください。だいぶ危険な状態になって来ています。ここの住民についてはまだ何も起こっていないようですが、私を含めあなた方は既に霊には敵とみなされている可能性が高いですから」
「……分かりました。各自、絶対に一人になるな。ここの霊は相当危険だということを念頭に置いて行動してくれ」

ナルの一言で、リンとナルを除く一同は今度こそ除霊に動き出した。
除霊担当組と一緒に除霊に行くように言われていたは、ナルと少し話したい事があるから、と言って後で合流することにして先に皆を行かせた。

「どうしましたか、さん」

皆が玄関から出て行ってしまったのを確認してから、ナルが口を開いた。

「渋谷さん。少し二人でお話がしたいんですが、構いませんか」

モニターの前にはリンが居る。遠回しに、場所を移動出来ないかと言うと、ナルは訝しむでもなく「何のお話ですか」と問い返してきた。

「あなたの素性についてなんですが」

そう言うとナルは一瞬口を閉ざしてから、ここで構いません、と言った。

「リンには聞かれても問題ありません。ここで話してください」
「――分かりました」

リンが背後に気を回しているのをなんとはなしに感じながら、は口を開いた。










2015/02/14

蘇った守護者達 11