09
「(すっげー…)」
はジョンの憑き物落としの様子を見てすっかり感心してしまった。
あそこまですんなり憑き物を落としてしまうとは。
一族の中にも憑き物を落とせるものは居るが、あそこまで完璧でスムーズなものは始めて見た。
「お、っと……待てこら!」
感心している場合ではなかった。
紗栄子から剥離した霊は、黒い獣のような姿のまま出て来たと思ったら凄い勢いで部屋を飛び出て行った。
その後を追うように
も立ちあがって走りだす。
「え、ちょっと
さん…!?」
突然立ちあがって部屋を飛び出していった
に、麻衣が驚いて声を掛ける。
それに返答する余裕もなく、
は黒い獣の姿をした霊を追いかけた。が、
が部屋を出た時には既に霊がガラス窓を通り抜けて外へと飛び出した所だった。
「あーあ…逃げた…」
あれでは捕まえられなくても仕方がない。
一応窓際まで行って霊がいるか確かめたが、その姿かたちはどこにも見当たらなかった。
「ん?」
ふと、
は室内を振り返った。
何かの気配がした。
いや、したような気がした。
部屋の中かと思って見回してみるも、どうにもこの部屋ではない。
視線を上にやったり、玄関の外へと意識を向けてみたりしてみたが、先ほど感じたと思えた気配は一瞬で消えてしまっていた。
「(気のせいか…?)」
けれど、気のせいで済ませるには、どこか違和感がある。
このマンションでは感じたことのない気配だった。
霊であることは間違いない。普通であれば単純に、知らない霊に遭遇した、と思うようなレベルの感覚である。
けれど先ほど一瞬だけ気配を感じた霊は他の霊とは何かが違っていた。あの一瞬ではその何かが何であるかまでは、分からなかったけれど。
「
さん。霊は」
「逃げられました」
「そうですか。どんな霊でしたか」
「昨日画面で見せてもらった霊と同じようなやつでした。動物の形のやつ」
「正体は分かりますか」
「あの一瞬じゃねぇ…さすがに」
「そうですか」
ナルは佐久間に、夫人をゆっくり休ませてやること、また何かあればベースまで連絡して欲しい旨を伝えて、とりあえずSPRの面々は撤収と相成った。
「
さん、今日は1日フリーなんですか?」
「いんや。今日は授業が午後からだから。でもそろそろお暇するよ」
「そっか」
「うん。んで、夜は飲み会なんで私は今日はもう来られませんので悪しからずー」
「いいねー大学生」
「へっへっへ」
大家宅にあったカメラの撤収を手伝って、
は再びベースへと戻った。そろそろ大学へ行く時間だが、その前に一応確認をしておこうと思い、カメラを片付けると
はベースになっている居間へと足を向けた。
「えーっと、リンさん、でしたっけ」
「…、…はい、なんでしょう」
相変わらずモニターの前に座っているリンは、
に話しかけられてからややあってから振り向いた。まさか
に話しかけられるとは思っていなかったと見える。
はそんな事はお構いなしに口を開いた。
「リンさんの式は全部でいくつですか?」
「……」
微かにリンが目を見開く。
「………5つ、ですが」
「ですよねぇ」
なぜそんな事を聞くんだ、というような顔のリンに
はにへら、と笑ってみせた。
意味があるのか無いのかも分からないような事なので、どう説明したものかと思っていると、意外にも別の方から声を掛けられた。
「どうしてそのような事を確認するんですか」
聞いて来たのはナルだったが、傍で聞いていたらしい麻衣と滝川も興味津々といった風に
を見ている。
「お話するほど大した事じゃないんですけど…。多分気のせいですから」
「それはこちらで判断します。霊能者が感じた事が、気のせいかどうかはどうせ後から分かる。何かの手がかりかもしれませんし、話してみてください」
「そうですか?ホント気のせいかもなんだけど…。さっき霊が逃げてった時、一瞬ですけど別に強い存在の霊が居た、ような気がしたんです」
「強い存在の霊。ここに元から居る霊ですか?」
「多分違うと思います。感じた事のない気配の割に、最近活発になったって感じの人でもなくて……悪い霊では無い、と思うんですけど。むしろ何かとても力強い感じがして……だから、もしかしてリンさんの式かなと思ったんですけど」
も以前見た時にリンの式が5つである事は確認している。
けれど今回、この場にはそぐわない不思議な存在の霊を感じたので、もしかしたらリンの式は5つではなく6つなのかもしれない、と思ったのだ。
「気のせいかもと思うくらいホントに一瞬で消えちゃったんで、結局なんだかよく分かりませんでした」
「そうですか…
さんは霊がどういった性質のものかなどが分かるんですね」
「ん?そうですね。視認すれば大体は」
「視認しない場合でも存在だけは分かる、と?」
先日、ベースに使っている部屋の玄関前に現れた霊を、目で見ていない時から
は気がついていた。
だから、気配で存在の有無だけは分かるのだろうとナルは判断したのだ。
「ご推察の通りです。でもあんまり弱すぎる霊だと分かんない事もありますよ。それに私が分かるのは霊の強さや弱さ、良し悪しなどの性質くらいです。霊がどんな感情を持ってるとか、そういう内面的な事は分かりません」
「霊の強弱は内面的な部分ではないんですか?」
「うーん……ちょっと違います。というか、私は違うと思ってます。なんて言うかですね……」
は少し首を傾げ、考え混むように顎に手を当てて目を瞬いた。
が考える時によくやるクセのようなものだ。
えーっと、と前置きをして、
は斜め下のどこか遠くの方を見ながら、言葉を探すようにして口を開く。
「仮に、霊が色を持っているとします。私が霊を視るときにはその色はほとんど見えないくらいに薄かったり、すっごく濃くてはっきりとした色だったりするんです。しかもその色には明暗がある」
は考える仕草をしながら、自分の普段感じている感覚を言葉として表現しようとした。
これは本当に感覚的な事で、実際に霊が色を持っているわけではない。ただ、霊を視た時の感覚を色に例えるとしたらそのように言える、というだけのことだ。
「何色か、暗いか明るいかは目で見えれば分かりますよね。それがとても濃い色で、しかも暗い場合にはタチの悪い霊だなと判断出来ます。けれどその霊が“どうして”濃い色を持つのか、どんな感情があって暗く見えるようになってしまったのかなんて事は私には分かりません。私は霊媒ではありませんからね」
おそらく霊から感情が放射されているために見え方が異なるのだろうということは推測出来るが、ではそれが何の感情に依る所なのかまでは、
には分からない。
「なるほど。興味深い話をありがとうございました」
「え、はぁ…別に……」
思ってもない感謝の言葉に
は微妙な顔をして鼻の頭をかいた。
は時計を確認して、そろそろ大学に行きますので、とSPRのメンバーに軽く挨拶をすると、今度こそ自分の部屋に帰って行った。
2015/01/31