08
「んで、ジョンを呼ぶって?」
「うん、さっき電話して、明日の朝一で来てもらう事にした」
麻衣が佐久間とついでに
の手当てを終えると、佐久間は休むと言ってすぐに寝室へと下がっていった。
もう夜の11時も過ぎていたが、
はやっとのこと遅めの夕食にありついている。その横では紗栄子の寝ている部屋にカメラを設置し終えた麻衣と滝川が、休憩とばかりにのんびりとお茶を飲んでいた。
ちなみにナルは戻ってきてモニタの監視だ。紗栄子にはリンが付いているらしい。安原は明日も調べ物があるとのことで、既に帰ってしまった。
「ジョンってさっき言ってたエクソシストの?」
「うん、そうだよ」
「これがまた、憑き物落としがうまいんだわ」
「へぇー、それは見習いたいもんですね。あ、そういえば。ずっとモニター前に居た片目のお兄さん、名前なんて言うんですか?」
最初に会った時はずっとモニタの監視をして忙しそうだったので、後で挨拶でもしようと思っていたのだが、これが中々話す機会が訪れずに結局名前を聞きそびれてしまっていた。
「リンだよ。名前聞いてなかったのか?」
「タイミングを逃しまして…。リンって、下の名前ですか?」
「いや。苗字だ」
「てことは、外国の方?」
今までの様子を見るに、どう見たってニックネームで呼び合うようなフランクな感じの人ではなさそうだったので、そうなると“リン”は正式な名前ということになる。けれど、日本人で苗字が“リン”というのはだいぶおかしな話だ。
「生まれは香港らしいぜ」
「へぇぇ!すっげー。じゃあ道士とかですか」
「!」
何でもない事のように
が言うと、ぼーさんも麻衣もきょとん、とした顔をした。
「なんで分かったんだい、
ちゃんや」
「式なんて連れてるの見たら陰陽師かなと思うじゃないですか。すげーと思ってたら香港の方だって言うんで、じゃあ道士かな、と。いや、それでもすげーですけど」
「ほー。随分と便利な目を持ってるみたいだな」
「そうでもないですよ」
にへら、と笑う
は確かにどこにでも居そうな学生なのだが、どうにも突発的にドキリとした事を言う。
麻衣もぼーさんも苦笑いをこぼした。
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一夜明けて、早朝。
今日は授業が昼からということもあって、
は憑き物落としが得意というジョンが来るのをベースで待っていることにした。
作ってもらってばかりなのも悪いので、自分の分を作るついでに
がSPRメンバーの朝食を作った。どうせ一人だと朝食を抜いてしまうこともよくあることなので、
はその時間帯にベースにいた麻衣と一緒に朝食を取っていた。
といっても、麻衣はモニタの監視役なので、あるのは簡単なおにぎりと味噌汁くらいだ。
ナルとは夜中にモニタの監視を交代したらしく、ナルは現在仮眠中だそうな。
同じくリンも仮眠中で、紗栄子には今はぼーさんが付いている。
雑談しながら朝食を摂り終わり、しばらくするとチャイムが鳴った。
手ぶらの
が出てみると、そこにはなんとも愛らしい顔立ちをした金髪碧眼の少年が立っていた。
「朝早うからすんませんです。SPRのベースはこちらでよろしおすやろか」
「はい……よろしおすです、……?……??」
飛び出してきた不思議な関西弁に、
は盛大に頭にクエスチョンマークを浮かべながらとりあえず頷いた。
「え、と。あ、とりあえず中へどうぞ」
「すんませんです」
「はぁ…。えーっと、ブラウンさん、ですかね?」
「はい、そうです」
とりあえず居間へ通しながら聞いてみると、なんとも可愛らしくニコリと笑う。
ジョンが居間に着くと、ジョン!と麻衣が嬉しそうに立ちあがった。
「麻衣さん。お久しぶりです」
「うん、ホントだね。元気だった?」
「はい、変わりありませんです」
「良かった。あ、この人は今回協力してくれてる
さん!」
麻衣が紹介すると、青い大きな目が
に向けられる。
「ぼくはジョン・ブラウンいいますです。あんじょうよろしゅうお願いします」
「
です。よろしく」
はは、ととりあえず笑ってみる。
「(これはまた可愛らしいエクソシストが居たもんだ)」
エクソシスト、それは悪魔祓いを専門とする人達の呼称だ。悪魔を相手にするのだからどんなに厳つい人が来るのかと思ったら、まさかこんな可愛らしい天使のような人だったとは、不思議な関西弁に対するツッコミも忘れて
は驚きに度肝を抜かれてしまった。
「ジョン、来たか」
ナルがちょうど起き出してきて、ジョンはこれからナルから仔細の説明を受けるようだ。
はすすす、とモニタ前の麻衣の所まで寄って行って小声で口を開いた。
「何あれ、一瞬ホンモノの天使かと思っちゃったよ」
「え、まずそこ?普通ジョンに会った人ってあの関西弁にツッコミを入れるんだけどなー」
「いや、うん、それもだけど。色々とびっくりしたよ。彼、何人?」
「オーストラリアの人なんだって」
「オーストラリア!」
ジョンというくらいなのだから日本人だとは思っていなかったが、オーストラリアから日本まで来てわざわざエクソシストなんぞをやるなんて一体どんな理由があるのだろうかと、
はほんの少し聞いてみたくなった。
もし時間があれば聞いてみよう、と心の中で独り言つ。
「我は汝に言葉をかける者なり」
それは静かに始まった。
紗栄子が休む寝室には、今はベースに残ったリンを除いた全員が集まっている。
金縛りを解いた後の紗栄子は未だ眠ったままのようだ。
その横に聖書と聖水を持ったジョンが座っている。
「我がキリストの御名において命ずる」
はジョンが聖書を読み上げるのを見ながら、その研ぎ澄まされた空気に感心していた。
中々キリスト教系の霊能者には縁がなかったのだが、この施術をみているとその神聖さに驚かされる。仏教や陰陽師とはまた違ったそのやり方に、
は穴が空くほどじぃっと見つめていた。
ジョンの聖書の朗読が半ばも過ぎた頃、変化が現れた。
紗栄子が少しずつ震えだしたのである。
「聖なる身体は汝に永遠に禁じられたものとすべし」
パチ、と紗栄子が目を開けた。
震える口を開いて、何かを言おうとするようにパクパクと口が動くが声は出てこない。
紗栄子はゆっくりとジョンヘと顔を向けて、右手を上げてジョンの方へと突き出した。
「はじめに言があった
言は神と共にあった」
『――でていけ』
掠れた声が発せられた。
それは紗栄子が発した声だったけれども、紗栄子の声とは似ても似つかない男の声のようだった。
「成ったもので言によらず成ったものは何一つなかった」
『でてい、けぇ…――』
掠れた声が尚も発せられる。
けれどその声も、ジョンへ伸ばされた手も、もはや昨夜のような力は残っていないようだった。
ただ微かに部屋の照明がチカチカと明滅する。
「光は暗闇のなかで輝いている。暗闇は光を理解しなかった。――イン・プリンシピオ」
カクン、と伸ばされていた手が落ちた。
同時に紗栄子の目は閉ざされて、再び眠りに落ちたように静かになった。明滅していた照明も、何事も無かったかのように静かに部屋を照らしている。
「もう大丈夫ですよって。お守り代わりに、これを持たせてあげておくれやす」
今しがた霊と相対して除霊をしたとは思えないくらいに柔らかにジョンは笑って、佐久間にロザリオを差し出した。
佐久間は安心したように息をはいて、深く頭を下げていた。
2015/01/24