06
<< Thursday : Day 4 >>
次の日、
がマンションに帰ってきたのは午後9時を過ぎてからだった。
1階のエレベーターホールでエレベーターを待っていると、ちょうど降りてきたエレベーターに滝川が乗っていた。
「お、こんばんは。今帰りかい」
「こんばんは。そうですよ、今日はがっつりサークルもありましたんで」
「大学生だねぇ」
「はいー、大学生でーす」
エレベーター口で雑談をしていると、そういえば、と滝川が今思いついたように口を開いてから苦笑した。
「
さんを見たらすぐベースに来るように言っとけってうちのボスが言ってたぜ」
「えぇ、早速ですか。私夕飯まだなんですけど」
「だったら丁度いいや。俺たちも今から夕食だ」
「え、それは相伴に預かれるということですか」
「そーゆーこと」
「喜んでお邪魔させて頂きます!」
一人暮らしだとなにぶん夕飯の準備も億劫だ。今日もカップ麺で済まそうと思っていた所だったから、そのお誘いはとても有り難い。
滝川はエレベーターから降りるとバンの方へと向って歩き出した。
「何か手伝います?」
「お、助かるねぇ。ちょっと重たい機材を運ぶんだけど、一個持ってくれる?」
「いいですよ。一飯の御恩は忘れませんよー」
「随分義理堅いことで」
マンションの前に停めてある黒いバンまで滝川について行くと、滝川は中からモニターのような物やコード、何かが入っているような重たいジェラルミンケースを取り出した。
「これだけお願い出来る?」
「はいー」
ずしりと重たいジェラルミンケースを両手で持って、
は先にエレベーターホールへと行く。エレベータを呼ぶボタンを押して、バンのある入り口の方を向くと、ちょうど目の前をス、と通り過ぎるモノがあった。
白い着物を来て、頭には白い三角の天冠を頂いている。黒い長い髪は解いてたらしていて、肌は青白い。
特に
に気がつくでもなく、ゆっくりとエレベーターホールを横切って、なぜか大家の部屋の扉を通り抜けて中へ入って行ったようだった。
だいぶステレオタイプな人だなぁ、と思って
が目で追っていると、いつの間にかエレベーターホールまで戻ってきていた滝川が微妙な顔をして
を見ていた。
「…もしかしてなんか居ちゃったりした?」
「(おや。外見によらず、随分と聡いお人のようだ)」
が今何かを視線で追っていたのを見ていたどころか、それが何を追っていたのかまで簡単に当ててしまうとは。
はほんの少し感心した。
「ええ、ばっちり居ましたね」
「やっぱり…。放っておいて大丈夫そうなヤツか?」
「さぁ、特に変な感じはしませんでしたけど。なんか気配もだいぶ朧気ですしねぇ」
「あ、そ。じゃあいっか」
「あ、出て来た」
「え?」
二人してエレベーターに乗り込み、いざ扉が閉まろうかという所で、大家の部屋に入って行ったと見えた女性の霊が出て来たのが、閉まりかけた扉の間から確認出来た。
「いや、さっき大家さん家に入って行ったんですけど。出て来ましたね」
それだけ見届けて、エレベーターの扉が閉まる。
「そういや、大家には今日護符を渡して、家にも護符を貼ったんだった」
「ああ、それでですかね。その護符も滝川さんが?」
「まあな」
護符も書けるんだなぁ、と再び
が心の中で感心する。彼の真言の威力は昨日立証済みだし、しっかり機能する護符も書けるようだし、だいぶ有能な霊能者のようだと
は思った。
すぐに2階について、ベースの扉を開けて中に入る。
台所には麻衣が立っていて、どうやら夕飯の支度をしているようだった。カレーの良い匂いが漂っている。
「お邪魔しまーす」
「あれ、
さん。こんばんは」
「どうも。夕飯貰いに来ました」
「あはは、なるほど。どうぞ」
ベースにもなっているダイニングへ行って荷物を置く。
並ぶモニターの前にはいつものように片目の青年、その横に何やら考え込んでいる風の所長殿。
それにダイニングテーブルで夕食を摂っていたのは見知らぬメガネの青年だった。恐らく
と同年代くらいだろう。
「どうも、お邪魔します」
ダイニングに入る際に
が一声掛けると、その少年がこちらに気がついてニコリと笑った。
「どうも、はじめまして。安原と言います」
「あ、どうも。
です」
所長やその助手らしい青年とは打って変わって、随分とフレンドリーな様子に一瞬戸惑いながらも、
もニコリと笑って返す。
「お話は伺ってます。ぼくは情報収集専門なので、あんまりベースには居ないですけど。よろしくお願いします」
「こちらこそ。部外者が堂々とお邪魔しちゃってスミマセン」
「いえいえ、協力してくださるならもう立派な仲間ですよ」
「そりゃありがたいお言葉」
安原は昨日言っていた通り、今日は以前このマンションに住んでいた人間への聞き込みを行っていた。が、大した収穫は得られなかった、と先ほどナルにその報告をしていた所だ。
今度は、柱に埋め込まれていた札について調べる予定にしている。
は、既にご飯を持ってテーブルに付いていた滝川に倣って、麻衣から夕飯を受け取ろうとした所で、「
さん」と冷徹な声が飛んできた。
「え…なんでしょうか渋谷さん」
「先にこちらを見て頂きたいのですが」
「食事が先じゃダメですか」
「なぜ食事が無償で提供されるか分かりますか」
「はいはい、スミマセンでした…」
容赦ないなーと
は肩を落としながらモニターの並ぶ方へ足を向ける。
「谷山さん、お先にどうぞ」
「ごめんね
さん。ナルはいつもこうだから気を悪くしないで」
「お心遣いかたじけない…。んで、なんでござんしょ、渋谷所長様」
「この映像だ」
示されたのは、昨夜の屋上の様子だった。
夏も近いこの時期だと言うのに、昨夜の屋上は一桁まで温度が下がったという。いくら外に温度計があるといっても、昨日の外気温から比べれば異常な数値だ。
画面に映る屋上では寒さのためか白い霧のようなものも漂っている。
「おー」
「何が見えますか」
感心している
に若干の呆れを含ませながら、ナルが問う。
霊視出来ない人間の目には白い靄が映るばかりで、霊の姿らしきモノは見えない、らしい。
けれど
の目はその中に異形のものの姿を捉えていた。
「……犬?いや、もっと大きな…なんでしょ。獣みたいな形をしたものが、ウロウロしてます」
「何をしているか分かりますか?」
「……何かを探してるのかな?いや、様子を見てるだけ…かも。うろうろしながら屋上を調べて回ってる感じですかね」
「本当に動物の霊だと思いますか」
「多分違うんじゃないですか?動物に見えても本当に動物の霊だった事って片手で足りる程しか見たことないし…。あ、消えた」
画面から動物の影が消えてから、少しずつ温度計も数値を戻していたようだった。
その霊のために屋上の気温が下がった事は間違いないようだ。
「ではこの正体が分かりますか」
「うーん……画面じゃあ無理ですね。実際に相対してたなら分かるかもですけど―――あっ、渋谷さんこっち!!」
のんびりとした口調の
は突然、別のモニターに映っていた映像を指さして声を上げた。
ナルがそちらに目をやるのと同時に、
は走り出していた。
「憑依だ!誰か一緒に来てっ!」
は短い廊下を駆け抜けて、慌てて靴を履いて体当たりするように玄関の扉を押し開けた。
「(急げ…っ!)」
1階のエレベータホールが映されているベースのモニターには、佐久間の家内、紗栄子が佐久間に襲いかかる様子が映しだされていた。
の目には見えていた。紗栄子の後ろ(、、)に居る霊が。
彼女は憑依されている。
早くしなければ手遅れになってしまう――
2015/01/09