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が目を開けると、そこはよく知った、けれどもここ最近は来なかった場所だった。
暗い空間にぽっかりと自分の意識だけが浮かんでいるような感覚。これが体外離脱した時の状態であることにはすぐに気がついた。
けれど、は首をかしげる。
体外離脱なんて、普通は知らない内にしているようなものではない。
人によって違うようだが、の場合は意図せずに突発的に体外離脱なんてすることはまずほとんど無い。体ごと(、、、)行くのが躊躇われるような場所だったりするときに用いる手法ではあるけれども、は今回、全く意識せずに体外離脱していたらしい。
は霊体である右手を軽く握ってみて、自分の本体の感覚を確認した。
返ってくる感覚から考えると、どうやら自分が死んだというわけでもなく、呪いやその他乱暴な手法で体外離脱してしまったわけではないようだ。
だとすればどうしたというのか。

「(そういえば、誰かに呼ばれたような気がする…)」

は周りをゆるく見回して、ぼんやりと、頭の中で考える。どちらかと言えば、誘導されたような気が、しなくもない。
けれどそれもひどくおぼろげではっきりしないし、それが体外離脱をした原因であると言うには根拠も感覚も色々な要素があやふやだった。
はすぐ側にある自分の体を見下ろして、体に戻ろうと自分の体の方に意識を持って行こうとした。
けれどもその寸前で、自分の実体を持つ体がある場所から1階分ほど降りた所に白い光を見つけて、は体に戻るのを止めて、その光の方を向いた。
どうやら誰かが、と同じく体外離脱をしているらしかった。
空っぽの体だけが階下に置き去りにされているのが遠目に確認出来る。

「(危ないなぁ…)」

今や霊の巣窟のようになってしまったこの場所で、体を空っぽにするというのはだいぶ危ない行為のように思われた。
は修行をしているし自分の体を乗っ取られるようなヘマはしないが、果たしてあの階下に見える人はどうだろうか。
は少しだけ様子を見るつもりで、そちらの方へ降りていった。
見えてきたのは、見覚えのある人間だった。

「(これは確か…谷山さん、だったかな。調査に来てる事務所のバイトちゃん…)」

どうやら中身は今は別の所に居るらしかった。
そんなに離れているようではないけれど、今活発化してきている霊の中には少し質の悪いものも混じっている。体を乗っ取られたり、乗っ取られるまでなくても憑かれでもしたら色々と大変だろう。
麻衣は護符も持っていないようだし、体の側に昼間ベースで見た式神も居ないようだった。

「(中身は……でも迷ってるふうもないな…。ある程度意図して幽体で行動してる?ってことは、この子も霊能者だったんだなぁ)」

最初に心霊研究の専門家が来ると佐久間から聞いた時は、また偽物で詐欺まがいの連中だろうとは思っていた。
けれど、が始めて“ベース”と呼ばれる調査の拠点を訪れた時には、モニタ前の男性の側に式神が居るのが見て取れたし、調査員の人間達が全くの偽物では無いことは既に分かっていた。
だから、ある程度素直に自分の見ているもの、聞いているものについてSPRの面々に話しをしたのだ。
ただ、実害を受ける事がなければ、はこちらから“あちら”に積極的に干渉するのを厭う。にとっては、あの“霊”達も、もとは生きていた普通の人間で、ただ今は肉体が無いに過ぎない。
にはそのように思えるからだ。
だから、今回も黙って見ているか、助力を求められれば少し手伝てやってもいいかもしれない、くらいにしか思っていなかったのだが。
今は何の守りもない状態の少女を見やって、は心配になってその空っぽの体の側に寄って行った。

「(まぁ…これくらいはしてやってもいいか)」

は、しばらくその体の側で見張りをする事にした。










が麻衣の空っぽの体に寄って来ようとする霊に睨みを効かせて追っ払ったりしながら待つ事しばし、ふと麻衣の体に近づいて来る白い光があった。
それは霊のものにも似ているが、それが生きている人間の光であることはすぐに分かった。
近づいてくると、思ったとおりにそれは麻衣の霊体だった。自分の体の側にが居る事に気がついて驚いた顔をしている。

「あれ、えっと…」
「おかえりなさい、谷山さん」
「あ、ただいまです……じゃなくてですね。、さん?ですよね」
「そうですよ。に見えませんか?」
「いえ、見えますけど……あの、ここで何をしてるんですか?」

麻衣の頭の中は若干混乱していた。
何故か自分の体の側には、今日話を伺ったがいる。もちろん実体ではなく、幽体であるようだった。
けれどはそれがさも当然であるかのように、幽体であることに慣れきっているような調子であったので、殊更疑問に思ったのだ。
意図的にここにいるのだとしたら、ここで何をしているのだろう、と。

「うん、ちょっと見張りをね」
「見張り?」
「うん。前も言ったけど、ここは霊がウヨウヨ居るし中にはちょっとめんどくさい奴も居てですね。こんな所で体を空っぽにすると禄な事にならない。だから、ちょっと見てたんですけどね」

さらっとそんな事を言う。
麻衣は驚いて周りを見回して、恐縮したように頭を下げる。

「それはなんか、すみません……ありがとうございました」
「うん、別にいいけど。情報収集ですか?」
「あ、はい、そんな感じです」
「そっか、谷山さんは結構有能なんですねぇ。でも気を付けた方がいい。空っぽの体は、とても弱いから」
「すみません、気をつけます…」
「うん。じゃ、私は体に戻って今度こそ寝ますので。おやすみなさーい」
「お、やすみなさい…」

は何でもないことのように一つ欠伸をしてからテクテクと普通に歩いて暗闇の中に消えていった。
雲のような人だ、と麻衣は思った。
を見送ってから、麻衣も自分の体を意識して、自分の体に戻っていった。












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「ナル。夢を見たよ」

翌朝、麻衣は夢で見た内容をナル達に報告していた。
麻衣は昨日体外離脱している最中に、安原が言った件の柱に埋め込まれた御札を見つけていた。生きた人間ならば柱を分解でもしない限りは見えないはずだが、体外離脱した麻衣には柱の中の御札の状況まで見通す事が出来た。
しかも、御札が埋め込まれている柱は実は4本あったのだ。
つまり、御札はマンションを支える大きな柱4本全てに入っていたということになる。
その内の2本の柱の中にある御札は、麻衣には光って見えた。
けれど他の1本の柱の光はとても弱々しく、もう1本の柱に到ってはただ暗闇の中で沈黙していた。

「光っている札と、光っていない札があったんだな?」
「うん。1本は完全に光が消えてて。もう1本は、すごい弱い光で今にも消えそうだった」
「そうか。光っている札と、光っていない札。その違いは分かるか?」
「ううん……。でも多分、なんだけど……いい?」
「構わない」
「多分、御札の効力が無くなったんだと思う。光ってた御札からは、なんか、すごく強い神聖な力を感じたから。多分、結界?っていうのかな。4枚の御札で、結界を作っていたんだと思う」
「なぜそう思う?」
「……なんていうか、名残?みたいな……なんだろ。そんなのがあって」

体外離脱していた時に、何かの名残のような気配を感じていた。
それは場に影響を及ぼすような何かだ。知っている言葉に当てはめるなら、それが“結界”という名詞だった。
それに、消えかかった光を持つ札は、辛うじてまだ、生きた2本の柱と“繋がり”を持っていた、ような気がした。

「そうか。仮にこれが結界だったとするなら、マンションを守るための結界だろう。1本の効力が切れたのが柱を撤去した1年前だったとして、どうしてすぐに霊障が起こらなかったんだろう…」

ナルは少し考えるようにうつむき加減に無言だったが、すぐにリンを振り返った。

「リン。本来4つの支柱から成る結界は、3つでも効力を発揮することは可能か?」
「種類にも依りますが。3つでも効力を維持出来る類のものもあります。威力は減るでしょうが」
「では、2つの場合ではどうだ?」
「結界を作るのに4つの札が必要だということは、それに囲まれた空間を守る目的があるからでしょう。単純に考えると、4つでは四角形、3つでは三角形が出来ますが、恐らく2つでは空間を作れず結界は効力を失うでしょう」
「なるほど。では少なくとも、半年前までは結界が生きていたと考える事も出来るわけか。そして何らかの理由で、もう1本の札の効力が弱まってきている…」

効力の弱まった1本の柱は、段々光を失って今にも消えそうだった。
結界が効力を失いつつあると仮定すれば、霊障が段々酷くなっているという佐久間の話とは辻褄が合う。

「光の弱い札というのは、どのくらい弱まっていた?」
「もうすぐにでも光が消えそうな感じだったよ」
「完全に消えてはいないのか?」
「昨日見た時にはそうだった」
「そうか。リン、結界の修復は可能か?」
「既存のものを使う場合は、難しいでしょう。結界を新しく張る事は可能ですが」

既存の結界を修復する場合、既にある2つの結界と同じ札を準備する必要がある。それはもちろん、同じ紙を用意すればいいというものではない上に、そもそも柱をあばいて見ない事には札を確認することも出来ない。
柱をまた工事するというのはあまり現実的ではない。

「修復は実際問題、難しいだろうな。新しく結界を張ったとしても、破れてしまっては同じことの繰り返しだ。大本を叩いた方が結果的に早いだろう」

とりあえず実際に札の入った柱を確認しようという話で結局まとまったが、皆が動き出す前に麻衣はそれで、と更に口を開いた。

「それでね、もう一つ気になる事があるんだけど」

麻衣は少し言葉を選ぶように間を置いてから、再度口を開く。

「実は、あたしが昨日体外離脱している間、私の空っぽの体をさんが守ってくれてたみたいなんだ」

それを聞いて、話を聞いていた滝川は訝って首を傾げた。

?ってーと、昨日話を聞いた時に霊がいっぱいいるって言ってたっていう胡散臭い人か?」
「うん、そう。彼女も体外離脱してて、この辺は霊がウヨウヨしてて、中にはタチの悪いのもいるから体を空っぽにすると危ないよ、って教えてくれて。私の体の側で見張りをしてくれてたみたい」
「へぇ。体外離脱もなんのその、ってか。そのって人が言ってた事はあながち本当だったりしてな」
「うん、そうなんだよね。あたしびっくりしちゃって」
「……なるほど。麻衣、さんにもう一度話を聞けないか打診してみてくれ」
「りょーかい。柱を見に行く前の方がいい?」
「いや、見た後で構わない」
「うん、分かった」

一行はそこまで話してから今度こそ腰を上げて、麻衣が言っていた柱を確認しに行くことにした。







このマンションの1階の半分は大家の部屋で、4分の1がエレベーターホール、もう4分の1が駐輪場になっているようだった。
路面からむき出しになっている柱は、今回移動したという柱らしい。
確かに、麻衣が見た完全に光を失っていた柱はこの柱だった。
佐久間に案内されて見に行ったが、外から見ただけでは最近立てなおした事が分かるくらいにまだ新しい柱で、これといって壊れたりした様子もない。おそらく、移動したが為に効力を失ってしまったのだろう。
もう1本に至っては、建物の中に完全に埋まっているので、外から少し見ただけでは傷の具合や外見などは全く分からなかった。

「結界は4本の柱に埋められていた護符で形成されていた。その内の1本は1年前の撤去の際に効力を失った。その段階ではまだ結界は作用していたが、なんらかの理由で半年前にもう1本が効力を失い、結界は完全に、あるいはほとんど消滅。それで封じられていた霊達が活発化し、霊障が発生した。そういう事だろう」

佐久間は護符については先代からは聞かされていないと言っていたが、麻衣の夢や施工業者の話しを聞く限りでは、ナルの推理は的を得ているように思われた。

「とりあえず除霊してみよう。老婆が出るという宅配ポストからだ。ぼーさん」
「はいよ」

柱の確認を終えたので、昨日の予定どおり除霊が行われる事になった。











2014/12/26

蘇った守護者達 04