はディアナを止める事も出来ずにただ後を追った。
宿の近くまで差し掛かった所で、目の前の状況に二人とも同時に足を止める。
そこは戦場と化していた。
宿から山の方へと視線を向けると、山の裾野に点在する民家の周りにも黒い塊が数体、浮いているのが視認出来る。
宿付近で戦っていた神田が二人に気がつくと、どうしてこちらに戻ってきたんだと言わんばかりに、神田はみるみるうちに顔を不機嫌なものへと変えた。
『おいチビ、その女を――』
文句を言おうとした所で、新たに出てきたアクマに遮られる。その隙にディアナは戦場と化した宿付近を素早く走り去った。
『チッ!おいチビ、お前はここだ!』
それだけ言いおいて、神田はディアナの後を追った。
神田の顔を見た途端に、溢れだした感情。
――あれは、あの言葉は嘘だったのか
――アクマは、では、私はやはり人を殺しているのか
神田に追い縋って“どうして”、と尋ねたくなる気持ちを
はなんとか押しとどめる。
ここは戦場だ。
目の前ではアクマがまた一人、人を砲撃したところだった。
攻撃を受けた村人はあっという間にペンタクルをその身体に浮かび上がらせ、間もなくして砕けて粉々になった。
今は神田に何かを尋ねたり、ましてや任された場を放棄してここを去るわけにはいかなかった。
アクマは確かに人を殺す。
そのアクマは、エクソシストが屠らねばならないのだ。
はギリ、と奥歯を噛み締めた。
『――、…承知!』
ファインダー達もタリズマンを使って市民を守ろうと奮闘している。
自分がここで立ち止まっていては行けない。
神田がこの場を離れた以上、
がここを死守せねばならない。
は、ともすれば取り落としそうになる刀をなんとか握り、アクマを見据えた。
歪んだアクマの顔が、どうしてか、泣いているように見えて仕方がなかった。
12. 迷乱
レベル2のように脅威と成りうる敵も居なかった宿付近の戦場は、ほどなくして
の手によって全てのアクマが倒された。
は見える範囲のアクマを倒した事を確認し、念のために残存するアクマがいないか村の中を確認して周った。
村の至る所に建物の瓦礫や、以前は人であったであろうものの残骸が、無残にも転がっていた。
救えなかった人々が居る。
けれど、救えた人々もまた、居る。
動いているアクマが居ない事を確認でき、
は額の汗を拭って小さく息をはいた。
とりあえずの窮地は脱したようだった。
が山の裾野の方に目を向けると、そちらもすでに黒い球体は確認出来なかった。必要があれば助太刀に行こうかとも思っていたが、とりあえずは大丈夫そうだと結論付ける。
初めての任務、エクソシストになってから初めての戦場。
けれど生き残ったという感慨などというものが全くないのは、言わずもがな、ディアナに言われた事のせいだった。
はアクマの残骸や、元人間“だったもの”が散乱する広場に立ち尽くした。
自分が何をしたのか。
何をしてきたのか。
どうして生き延びたのか。
ディアナの言葉が頭の中で反響していた。
―――人殺し
私は、人殺しだったのだ。
生きた人間を救うために、死んだ人間の魂を斬っていたのだ。
は、この先どうすればいいのか分からなくなった。
「
殿!よくご無事で!」
どの位そうして呆然としていただろうか、テオが煤けた顔を笑顔でいっぱいにして
に駆け寄って来た。
「…テオ、あなたも、無事?」
「はい、なんとか乗り切りました。ファインダーも皆無事です」
「……、よかった」
テオが笑う。
も、テオや他のファインダーが生きていた事は率直に嬉しいと思う。
「
殿のおかげです。生きて教団に帰れそうですよ!」
神田や
がアクマを全て、そして速やかに倒してくれたお陰だと。
犠牲者は出てしまったけれど、それも最小限に抑えられたから、と。
嬉々として語るテオに、
は何と言っていいのか分からなかった。
「……テオ」
「はい、なんです?」
ひと通り
を賞賛してから、その場の収束のために踵を返したテオを、
は呼び止めた。
『(テオは…アクマの中には人の魂がある事を知っているのだろうか)』
は聞いてみたかった。
よりも長く教団に居るテオは、その事実を知っているのかもしれなかった。
でも、だったら、テオはどういう風に思っているのか。
それを聞いてみたかった。
「テオ、は…」
「はい?」
「……、……………。……いや……、怪我人の手当、私手伝う」
「ありがとうございます。でも、とりあえずは休んでください。エクソシストが一番、戦闘で疲労が激しいんですから」
「……ありがとう」
が頷くのを確認すると、テオは怪我人をとりあえずは無事な家屋に運び込むように支持を出しながら、自分も手当ての手伝いに回ったようだった。
は無言でその背を見送った。
それから少ししてから、神田が宿の方へと戻ってきた。
『ディアナ殿は』
『荷をまとめて後から教団に来る』
という事は無事なのだろう。
それに安堵しながらも、
は“教団に来る”という言葉を聞いて驚いた気持ちで神田を見返した。
先ほどディアナと話しをした時はあれほどアクマを倒す事を嫌って、教団へ行かないと言っていたのに。
神田はどうやらこちらに戻ってくる前にファインダーを山の裾野に呼び出して、ディアナの監視役に当てたらしかった。教団に行く事を一応は承服したものの、逃げ出さないとも限らないからという事らしい。
『ディアナ殿がよくその事を承服したな』
がそう言うと、神田はとてもめんどくさそうに、ふん、と鼻を鳴らした。
態度からすると、どういった経緯でそうなったのかを説明する気はないらしい。
神田もまた戦闘の後でだいぶ気が立っているようだった。
ただほんの少し、今までの現象はディアナがイノセンスに寄生された鷹を使って起こしていた事、その鷹が翼のある物を操れる事を、言葉少なに、そしてぶっきらぼうに説明した。
『俺たちも撤収する』
『…かん、』
「カンダさん!よくご無事で!」
「テオ、お前は先に来い。指令役だったレベル2は倒した、ここはもう大丈夫だろう。数人残して撤収するぞ」
「はい、了解しました。支度します」
「急げ」
「はい」
テオはそう言われるとファインダーに支持を出すべく、今しがた出てきた家屋に再び入っていった。
『神田殿。もう少し、ここが落ち着くまで居てもいいのではないか』
『アクマが出るのはここだけじゃねぇ。エクソシストが動けるなら、すぐにでも移動する』
ディアナも直にこの村を出ると言う。指令役のレベル2はもうおらず、そして標的だったイノセンスもこの村を離れるとなれば、もうこの村は大丈夫だと判断出来る、そういう事らしかった。
渋い顔をしている
に、出発準備を整えて出て来たテオは“本部に応援を呼んだから大丈夫ですよ”と
を安心させるように言った。
帰り支度をしている神田に、
は何度も問いを投げかけようと口を開きかけたが、その度に問いを言葉にする事が出来ずに沈黙した。
確認したいと思った。
確認しなければいけない、と思った。
けれどどうしてか、今はそれをするのがとても怖かった。
――生きる理由を失うからか
――自分の居場所を、失うからか
捨てようとしていた命だった。
けれど与えられた生きる場所、生きる理由に、自分は生きようと決意したのだ。
――なのに。
は途方に暮れた。
それが実は、虚像でしかなかったと知るのが、とても、怖いのだった。
まだ煙の立つ村を残して、
達一行は本部へ戻るべく村を発った。
煙の立つアクマ“だったもの”が、どうしても
の目に焼き付いて消えなかった。
2014/04/13