13. 晴朗
教団に帰り着いて、用水路から続く階段を登りきった時だった。
神田が自分の部屋の方向へと歩き出した所で、
は思いつめた顔をして口を開いた。
『神田殿…本当の事を、話して欲しい』
『あ?』
どうして、どうして。どうすればいい。
の頭の中はその言葉でいっぱいだった。
これからまた、きっとそれぞれには別の任務が入るのだろう。
けれど、この気持のままでは。
この、迷いを持ったままでは。
は任務に行く事など出来ないと思った。
――それどころか、生きることだって
聞かずにはおれなかった。
どうして、神田は。
『アクマの事だ。ディアナさんが…言っていた。アクマには、死んだ人の魂が入っていると…』
神田は何も言わない。
の言葉の先を待っているようにも見えた。
『……それは、………っ、……本当か………?』
『ああ』
簡潔に告げられた答え。
は最も恐れていたものが、信じたくなかった事が目の前につきつけられて、目の前が真っ暗になった。
『だとしたら、私は……。…、やはり、人殺しだ……』
『ふん』
『どうして嘘をついた、神田殿』
『うるせぇよ。あいつらは敵だ。倒すしかねぇ』
『そういう事ではない……。私は、では、これからも人の魂を斬らねばならないのか…。生きている人間を助けるために、死んだ人間の魂を斬れと…!?』
『ごちゃごちゃうるせぇな』
話半ばで歩き出そうとした神田の袖を、
は強引に引き止める。
『…っ、神田!』
神田は掴まれた腕の方に振り返ると、
の胸ぐらを掴みあげた。
小さな体が宙に浮く。
それでも
は鋭い眼光で、神田の尖った眼を睨んだ。
ハラハラした様子で言い争いを見ていたテオも、その段になってようやく止めに入る。
「カンダ殿、落ち着いてください!
殿も!」
『私は、では何のために生き永らえたのかっ…!』
『そんな理由はてめぇで探せ』
の顔が苦渋に滲む。
死ぬ事を諦めて(、、、)生き永らえたのは、他でもない、神田の言葉があったからだ。
自分が死ねば更に多くの人間が死ぬ。
だから、自分が生きる事で多くの人間を救う事が出来る、と。
の存在意義はまだあるのだと。
そう言ってくれたあの言葉があったからこそ、人を救う、ただそのためだけに
はエクソシストとして生きる事を決めた。決めることが出来たのだ。
それなのに。
アクマを倒すという事は、すなわち、死んだ人間の魂を斬ることだとディアナは言う。
自分の存在意義、生きる意味が揺らいだ。
人々を救うために振るっていた刀は、実は、更に人を屠っていたに過ぎないのだと。
は答えを求めるように神田を睨んだ。
返答次第では、きっと自分はもう生きていられない。
絶望の淵で罪を重ねるというのなら、この役目を放棄して死ぬ覚悟すら、した。
けれど、返って来た言葉に
は息を呑んだ。
『ただ一つだけ言っておく。確かにアクマには人の魂が内蔵されてる。千年伯爵にそそのかされたバカなヤツが呼び戻した魂だ。そいつはダークマターに内蔵されて、そこから解放されることはなく、ただアクマの一部に成り果てる。だが、その魂を救うのにただ一つだけ方法がある』
神田はギラギラした目で、絶望に歪んだ
の目を睨んだ。
吐き捨てるように、言う。
それでも、決して説明を辞めなかった。
『イノセンスでアクマを破壊してやることだ』
『…っ!?』
『そうすりゃ、内蔵されていた魂は自由になる。解放される。――これでもまだ文句があんならもう前線に来んじゃねぇよ、チビが』
ここへ来た時にそうしたように、神田は
の小さな体を地面に投げ落とした。
尻もちを付いた状態の
は、呆然と、神田を見上げる。
『イノセンスで、破壊を……』
「チッ」
神田はすぐに歩き出した。
「……、大丈夫ですか、
殿」
事の成り行きを見守っていたテオが、心配そうに
を覗きこむ。
それすらも今は
の意識の外で、神田の遠ざかる背に、
はただ呆然とした。
イノセンスで破壊してやることで、死んだ人の魂を開放してやることが出来る。
それはつまり、アクマを破壊することが真の救いなのだということ。
『――、…私は、とんだ思い違いを…』
は苦笑を禁じえなかった。
もしかしたら、ディアナも神田から同じように言われたのかもしれない。
だからあんなに嫌がっていた教団への入団を、すんなり受け入れたのかもしれない。
それを神田が
に説明してやるなんて事は、起こりえないわけだが。
歪んでいた顔を俯ける。
自分は、やはり救われていたのだ。
他でもない、神田に。
存在意義は失われていなかった。
は、教団に来てから初めて、笑った。
ぎこちない笑みだったが、ほんのりと口角を上げて。同時に、透明な雫がパタパタと目からこぼれ落ちた。
『ありがとう、神田』
は立ち上がり、もう小さくなった神田の背に向けて、深く、深く、頭を下げた。
もう、迷わない―――
目には強い光が宿っている。
迷いは、もう、どこにも見当たらなかった。
2014/04/23
ながらへば、完結。