03.本懐













それが響いたのは、神田とアレンが難なくイノセンスを回収して、呆気に取られるほど簡単な任務を終了して間もなくだった。
駅へ向かう道すがらで、突然の爆音が次々と広間に響いた。
咄嗟にアレンは爆風から捜索部隊を庇う。

「っ!あなた方は住民を避難させてください!」

叫んで、アレンはすでに駆け出している神田の後に続いて疾走した。
一つ目は、すぐそこ。
神田が2匹のレベル1をばっさりと斬るのを待たずして、すぐ次の爆破地点へ走る。

爆音は4つ。
2つ目と3つ目は少し離れた場所。
こちらもレベル1が数体だったが、遠く離れた教会付近ではレベル2が1体とレベル1を数体、目の端に捉える。

「カンダ!」
「るせぇよ」

レベル1を相手しようと、イノセンスを武器化して叫んだアレンの声。既に前方で飛翔していたカンダは言葉の端を折るように、アレンを一度も返り見ずにレベル2の方へ駆けていた。

教会はやや町の外れに建っていた。それなりに大きく立派な作りをしていたが、時計台と比べると申し訳程度。

ドン

もう一度上がった爆音を間近に確認して、神田は一旦近くの屋根の上で爆煙を凝視した。教会の屋根が吹っ飛んでバラバラと周りに飛散する。同時に、一体の双頭のレベル2が、煙から吐き出されるようにして出てきた。

レベル1はまだ教会の中か。目をそちらへやれば、いくつかの醜い球体が教会の中にいるのが確認できる。
思った瞬間、きれいに無くなった屋根から見えた1体のレベル1が、爆散した。

「…なに?」

続けて、2体目が散る。

アレンは未だ、神田の遥か後方で交戦中。
にも関わらず、すぐ前方では、イノセンスでしか破壊できないはずのアクマがその数を1体、また1体と減らしていく。

時計台のイノセンスはすでに回収済みで、アレンが現在持っている。
別のエクソシストが派遣されているのか。しかし、それならば自分達が知らないのはおかしい。
とすれば別のイノセンスがこの町にあり、しかも、

「―――適合者…?」

どちらにしても、今飛び出すのは得策ではないと判断した神田は、最後のレベル1を破壊したらしき“適合者”が教会の外へ飛び出してくるのを待った。
まだレベル2は残っている。

さあ、どうする。

レベル2が何事かわめき散らしている声が爆風に乗って流れてくる。けれど爆音と混じったそれは酷く不明瞭で、何に対してそこまで“愉快そうな”声を出しているのかは判然としない。
教会の方を見ながら、レベル2はゆっくりと移動する。

「「ゲヒャヒャヒャヒャヒャッ!」」

一際大きな笑い声。

と、一つの小さな影が煙から出てきた。
ふらり、覚束ない足取りで出てきたのは、黒い襤褸(ぼろ)を纏った小さな塊だった。

「…ガキじゃねえか」

遠目で見てもまだ幼いと分かるほどの小さな少年は、日本刀を手に持ち、レベル2を睨みすえていた。
まだ幼い少年の顔立ちは神田と同じく東洋系。中国か日本か、日本の今の状況を鑑みると大陸の人間だろう。黒く長い、きれいとは言い難い髪を無造作に結び、風に遊ばせている。
少年とは言え武器は扱えるようだ。レベル1を破壊したところを見るに、戦い慣れてもいるようである。
大の大人が使う日本刀は、ともすれば少年には重く、長すぎる。しかし少年はそれを思わせない扱い方をする。余程手馴れているのか。あるいは、イノセンスがそうさせているのかもしれなかった。
けれど、少年の足取りは酷く頼りなく、既に少年に限界が近いことは想像に難くない。

『覚悟!』

飛び込んで来た日本語に、一瞬耳を疑う。聞き間違えでなければ今のは神田の故郷の言葉。日本語だ。声と同時に少年は地を蹴る。
神田もまた、屋根瓦を弾いて飛翔した。

あれでは、よくても相打ち。

変な仲間意識を持つつもりは、毛頭ない。
が、このまま見殺しにするつもりもなかった。

一太刀、二太刀、少年がアクマと合間見える内に神田はぐんと距離を縮めた。

「災厄招来 界蟲――」
『手出し無用っ!』
「――!?」

六幻でなぎ払おうと構えた瞬間、鋭い声が飛ぶ。姿に似つかわしい、まだ高い、子どもの声だ。
レベル2よりいくらか手前で間合いを取ったまま、神田は急停止した。

「こいつ勝てると思ってんのぉぉぉ?」
「あははっっ、そろそろおわりだよぉぉぉ」

明らかに少年の攻撃はレベル2を圧倒するには及ばない。どう見ても防戦一方で少年が押されている。にも関わらず少年の目から輝きは消えない。

「…っ!」
「「もらったあぁ!!」」

一瞬の隙。不安定な体制に襲い掛かる敵の爪。
咄嗟にアクマに剣を向けた神田は、しかしその向こうに一際光る輝きを見つけた。

あれは――――

「「ぎゃあぁぁああぁあぁぁー!!!」」
「!」

上がった悲鳴は二つ。双頭のアクマは身体を仰け反らせて空に悲鳴をぶちまけた。悶え苦しむアクマの身体はぶるぶると振るえのた打ち回る。
それに引きづられるように小さな身体が宙を舞う。

アクマの爪は小さな身体を貫いていた。が、同じくアクマの身にも美しく光る銀色の刀身が生々しいまでに突き立っていた。
力なく振り回される小さな身体を、神田は寸での所で引っ張り抜いて離脱した。直後、アクマの身体が爆散。

抱えあげた身体はひどく軽い。すすけた顔には、もはや血の気もない。腹から流れる血は止まらない、そして傷口から広がるペンタクル。

「…チッ」

爆発から距離をとって、ゆっくりとその身体を地面に横たえる。身体に広がるペンタクルと、何よりその無謀さに舌打ちを禁じえない。

「(死んじまったら、元も子もねえだろうが)」

静かに見下ろす小さな身体は、しかし予想していた事とは逆の変化が起こり始めていた。
身体に広がったペンタクルは一時的にその色を増した。が、それはそれ以上の広がりを見せず、やがて色を薄めていき、最後には完全に消えた。

「…寄生型、か?」
「カンダっ!…………この子は?」

アレンがこちらへ向かっているときには既に遠くから爆発が見えていたから、戦闘が始まっているのは分かっていた。アレンが現場へ来て見ると、どうやらすでに戦闘は収束したらしかった。
しかし、黒い団服の前に横たわる少年は見覚えのない姿。
戦闘で得たであろう傷が無数にあったが、少年の身体や服にはそれだけとは思えない傷や汚れが模様のように広がっていた。
一体どんな旅をすればこんなふうになってしまうのだろう。
12歳前後に見える少年は、ペンタクルが消えて間もない痩せた身体で、必死に息をしていた。

げほっ

吐いた血の色はすすけた服に一片の彩りを添える。

「大丈夫ですかっ!?」

腹を押さえて起き上がろうとする身体を支えてやる。すでに力尽きたであろう身体は、小刻みに震えていた。

『生きてっかよ』
「…?」
『日本の御仁と、お見受けする』
『だったら何だ』

突然分からない言葉でしゃべり出した神田に、アレンはこの少年が日本人であることを悟る。

『…………私の最初で最後の頼みを、聞いてはもらえぬだろうか』

少年がしゃべると、同時に痛ましげに喉がひゅーひゅーと鳴る。
怪我も疲労もすでに極限状態だ。自力で動けるのが不思議なくらいに。

『見たところ、刀をお使いのご様子。………私の介錯を、お願いしたい』
『あぁ?』
「…カンダ?」

神田の声がワントーン下がったのを聞き取って、アレンが不安げに神田を見上げる。
腕の中の少年がうわ言のように何かつぶやく度に、神田の機嫌が下がっていくようだった。神田はアレンの言葉を無視して、続ける。

『俺の刀は人を斬るためのもんじゃねえ』
『……遠く異国の地で、故郷の人間に会えたのも、何かの、縁……。頼む、私の最期を手助けしてくれるだけで、いい』
『生きる手助けは出来る。死にたきゃ勝手にすればいい』
『……そう、か』

ぽつり、つぶやいて少年は空を見上げた。
その黒い瞳に何を映したのか、小さなうめき声を上げながら立ち上がろうとする少年にアレンは戸惑いを隠せない。

「カンダ。彼は何て言っているんですか」
「…」
「カンダ」
「るせぇよ」
『…すまぬ。世話を、かけた』

アレンにそう言い置いて、立ち上がった少年はふらりふらりと歩き出す。

「あ、ちょっと…!」

足を引きづる少年の後を付いて、アレンも寄り添うように歩き出す。

「とにかく医者に行きましょう。そんな傷じゃどこにも行けませんよ!」

聞いていないのか聞こえていないのか、少年は歩みを止めない。
けれどもここで引き下がるアレンでもない。

アクマの残骸の中心ほどまで来たところで、少年はがくりと膝を折った。慌ててアレンが支えようとするも、少年はそれを振り切る。
足元に光る刀を掴みあげて、なぜ少年がここに膝をついたのか理解する。それと同時に、奇妙に光るそれを見て、まさか、とアレンが目を見開く。

「イノセンス…?じゃああなたは」

言いかけたアレンの言葉は続かなかった。
小さな身体のどこにそんな力が残っていたのか、アレンを突き飛ばし、驚いた隙をついた一瞬。

「何を…っ!?」

少年の両手に握られた刀の刃は少年の首筋に添えられている。それも一瞬で、更に刃を滑らせようとしている少年にアレンは再び目を見開く。

「やめ…っ!?」

ドスっ

軽い、しかし昏倒させるのには十分な音がした。
神田の軽い手刀は少年の首筋を的確に突いて、少年はうめき声も上げずに意識を失う。力の抜けた手から刀がすべり落ちる。傾いだ身体を受け止めて、神田はもう一度、小さく舌打ちを漏らした。

「馬鹿野郎が」

一迅の風が、通り抜けていった。








2009/11/30

閉ざされた世界 03