どこにいる


憎い


どこにいる


我らが仇


殺してやる












02.憎い














長い旅をしてきた。
“奴”に破壊しつくされた里を出てから、4年が経った。
ずっとずっと、奴を追って大陸を旅している。
最初は手がかりなんて無いに等しかった。しかしあるとき、自分の里と同じような有様の村で、奴の痕跡を見つけた。
奴の通った場所には必ず荒廃した村や町があった。村が一つつぶれたと聞かされれば、そちらへ足をのばした。
あと一歩のところで、取り逃す。
それがすでに1年は続いている。

すでに気が付いていた。奴は、わざと痕跡を残している。
わたしが追っているのを分かっていて、からかっているのだ。遊んでいるのだ。
それがまた、わたしの憎悪に油を注ぐ。

生かしてなどおくものか。
地獄まででも、お前を殺しに行ってやる。
我らの仇。
憎き、仇。








黒い髪を無造作にくくり、少年は今日も襤褸(ぼろ)を纏う。
すすけて穴が空いたマントは、かろうじてその役目を全うする。一昨日、現地人が寄り合いを開いていた。何事か聞き入っていると、現地語の分からぬ羅列の中に「襲撃」「アマスラ」を聞き取った。アマスラはトルコの北の小さな港町。ここから近い。襲撃もさほど前のことではない。
まだ間に合うかもしれない。
少年は走り出した。急げば2日後には着けるはずだ。





















町は壊滅状態だった。
幾度も見てきた町のように、その町もまた、瓦礫と死体の山となっていた。
嫌がおうにも自分の里と重なる風景。こんな風景を見るのも、これで最後にする。

丘の上に立つ十字架の前で、深い黙祷を捧げた。それを待っていたかのように前方には1体のレベル2が現れる。
気配を察知するや否や一足とびに間合いを取った。

「驚いたぁぁぁ。まだ追ってきてたわけぇぇ??」

何がそんなに楽しいのか、奇怪な格好をした双頭のそれは、首を変な方向へ傾げながらケタケタと笑った。

「いいじゃんいいじゃん、楽しいしぃ?」
「でもそろそろ終わらせてあげないとかわいそうじゃなぁぁい?」

ケタケタ。ゲラゲラ。

「こおぉぉんなにながぁい旅をしてきたんだしねぇぇ?」
「そろそろ、休ませてあげないとねぇぇ?」
「そろそろ、休ませてあげようかぁぁ?」

ケタケタ。ゲラゲラ。

双頭のそれは、それ以外の表情を知らないかのように、ただ、笑う。
笑い転げては首をあらぬ方向へ曲げ、手足を赤ん坊のように無造作に動かし回した。

「見つけた。我が仇。我らが仇」

す、と少年の手は、腰に差していた日本刀に伸びる。

「我が名は。貴殿に決闘を申し込む。我が一族の仇、晴らさんがために」
「決闘だってさぁぁぁ。どうするぅぅぅ?」
「闘いの名前なんてどうでもいいけどさぁぁ。とりあえず、殺っちゃおぉぉ?」
「とりあえず、殺るかぁぁ?」

瞬く間に異形の者の口が左右に裂けていく。
目は血に飢えた獣のように釣りあがり、爪は獲物をしとめ易いようにと長く伸びる。

は静かに刀を引き抜き、腰を落として構えを作る。

しかし。

「「あ」」

相手の動きが止まった。微かにだらしなく空いた口から、「しまった」と続きそうに不自然に言葉が途切れる。
しばし呆然とした後、ええええぇと二匹はうな垂れた。

「どおぉすんのぉぉ?」
「どぉすんのって、行くしかないじゃぁぁん、ノア様の命令じゃあぁぁ」
「コレ置いてくのぉぉぉ?」
「無視無視、捨ててこぉぉぉ」

二つ頭は揃ってうな垂れてくるくると回転しながら空高く舞い上がった。
下の方では少年が何事か叫ぶが、もはや二人の頭の中にはノアの指令しか聞こえていない。

「せっかくおもしろそぉぉぉなおもちゃだったのにぃぃぃ」
「また探せばいいじゃぁぁん?」
「ま、それもそぉかぁぁ」

仇が去った方向を見つめて、は歯を食いしばる。
やっと見つけた仇をこのまま見す見す逃すわけにはいかない。
もう5日眠っていない。食料は、水以外は1度、餉(かれいい)を口に含んだくらいでほとんど口にしていない。

もう限界だと軋む身体を無視して、は全速力で丘を駆け下り、再び始まった鬼ごっこに毒づきながら、鈍い足を叱咤して、また、走り出した。








2009/08/25

閉ざされた世界 02