「首領。それに、姐さん。ご相談と、許可頂きたいことが一つあるんですが」

定例になった幹部の会議が終わって、なんとなく雑談をしながらその場に3人だけが残っていた。そろそろそれもお開きになろうかと言う所で、中也がそういえば、と話題を切り出した。

「なんだい?」
「めずらしいの。どうした、中也」

二人の顔がこちらを向いたのを確認して、中也は今は机の上に置いてある帽子にちらり視線をやって、それから再度二人を見やった。
今は家に居るは昨日から、嬉しそうに常に帽子を側に置いている。

「弟子を、取ろうと思っています」
「弟子?」
「ほお、中也が弟子か。どんな小僧っ子かえ?それとも、女の童か?」
「坊主です。もし弟子の許可を頂ければ、明日、挨拶に連れてきます」

中也が言うと、紅葉も興味津津といった風情で森を見た。
森はいつもと変わらない顔で、中也が予想していたとおり、うんいいよ、と躊躇うことなく頷いた。

「もともと反対する要素もないしねぇ。中也くんもついに弟子を取る気になったとは。楽しみだ」
「しかし、よいのじゃな。妾が聞くまでもないじゃろうが、その子供も、そのつもりであろうな」
「ええ、坊主の方から、この世界で生きたいと言ってきました。その覚悟は間違いありません」

中也が言うと、紅葉は楽しそうに口元を袖で隠しながらころころと笑った。

「それは面白そうな子じゃ。明日は妾も会わせてくれるのじゃろうな」
「もちろんです」
「そうか。明日が楽しみじゃ」

中也は明日の予定を森と調整してから、二人に暇を告げて帰路についた。
きっとに、明日は首領に会うなどと言えば、驚いてしまうだろう、と密かに口角を上げながら。









09










“本部”と呼ばれた建物は、一見するとどこにでもある企業ビルのように見えた。けれど中身は、この横浜に住むものなら誰でも知っているポートマフィア、その本拠地だ。
は本部に入ってからというもの、落ち着こうという努力はしているものの、どうしてもそわそわとしてしまって落ち着けるはずもなかった。
それも仕方がないだろう、これから会うのはあのポートマフィアを統べる、首領、なのだから。

昨日中也から聞かされた時は驚きの余り、「本当に僕なんかが会ってもいいんでしょうか」と何度も聞き返して中也を呆れさせた。
中也の弟子になる、それが決まったのは一昨日の話だ。
昨日は中也は、話は通しておく、そう言ってから普段通りに仕事に出ていた。もちろんポートマフィアの仕事をする心づもりは出来ていたのだが、一番最初の仕事が、「首領に会うこと」だと言われて、驚いてしまったのだ。
首領とは、そんなに簡単に会える人ではないのじゃないのか。一介の下っ端構成員が仲間に入る度に首領にいちいち挨拶をするものなのだろうか。
マフィアの習わしなど当然は詳しくないので、そういうものだと思うことにして、着ていく服を入念にチェックしていた。と言っても、着ていけるような服は、もちろん、中也に誂えてもらったものしかないのだが。

広い建物内をさも自分の庭のように迷いなく歩く中也とはぐれないように、遅れないように、は早歩きで中也の後を付いていった。
中也が部屋に帰り着くといつもすぐに脱いでしまう黒いコートは、今はしっかりとその肩に羽織られていて、颯爽と歩く中也に合わせて時折なびくそのコートを見て、は後ろを付いて歩きながら“かっこいいな”と密かに心の内で呟いた。
建物内を歩いている内、は最初は勘違いかと思うほどだったのに、けれど次第に違和感を覚えるようになった。

周りの人間の中也に対する態度が、不思議に思えてならなかったからだ。

中也が通る度、いかつい顔で怖そうな雰囲気を纏ったいかにもマフィア、というような人達が、揃いも揃って、中也に恭しく頭を下げるのだ。
そう、それはまるで、位の高い人間に対してするかのような態度で。
それだけではない。
セキュリティなどに全然詳しくないが見ても、簡単には入れてもらえなさそうに厳重な警備が敷かれている場所でも、中也は何も言われずにスイスイと通り抜けていく。それどころか、銃を小脇に抱えた強面のガードマンらしき人々は、中也が通る時にはかかとをきちっと揃えて背筋を伸ばし、恭しく中也を見送るのだから、も目を瞬かずにはおれなかった。

「あ、あの……中也さん」
「なんだ。早速びびったか?」

中也が楽しそうに聞いてくるのも少しはの気持ちを軽くしたが、それでも余裕が無いことには変わりがないは、素直に頷いた。

「あの、…はい、ちょっと、緊張して……」
「ははっ。気にするこたねぇよ。首領はいい人だ」

それは昨日も聞かされていたことではあるのだが。
というか、マフィアの首領が「いい人」であることがあるのだろうか、という疑問は今更なのだろうが、それでもは、はい、と頷いてなんとか気持ちをなだめすかそうとした。
その内、今までの中でもとびきり警備の厳重そうなエレベータの前にたどり着いた。

「中原様。そちらは」

ガードマンらしき男が控えめに、しかし一般市民が見れば震え上がるのに充分な威圧で以って、中也に尋ねる。
けれど中也はそれに構うこともなく、

「連れだ」

短く、低い調子で応えた。
ガードマンらしき男は一瞬だけに目をやって、それからさっと綺麗に一礼をした。

「失礼しました。どうぞ、首領がお待ちです」

ガードマンの男はエレベータの中に半身を入れて最上階ボタンを押すと、腕だけ残してエレベータの扉が閉まらないように押さえてから、中也とを中へと促す。二人が入った事を確認すると、これまた無駄の無い動きでエレベータの外に控えると、扉が閉まるまでこちらに礼をしていた。
やはりここも、それだけで通過してしまった。

「あの、中也さん」
「今度はなんだ?」
「えっと……中也さんは、その……偉い人、なんですか」

控えめに聞くと、中也は少し訝しむような顔をして、言ってなかったか、となんでもないことのように口を開く。

「俺は幹部だ」
「……かんぶ」
「首領の次に偉い」
「………」

どうりで、とは今までこの建物内で見た人々の振る舞いに合点がいった。
凄く若そうに見えるし、実際に若いだろうに、とか。
とっても強いんだろうな、とか。
色々思う所はあったけれど、しかし同時にストン、となぜか納得してしまった。
自分は凄い人に付いて来たのかもしれない、とはこの時、初めて知ったのだった。




それから会った森という人は、言われていた通りに本当に「いい人」で、一緒に居た”紅葉”という中也の育ての親という奇麗な人も優しくて、それぞれ労いと激励の言葉をもらった。
紅葉などは茶菓子まで寄越す始末で、”首領”と”育ての親”がいかに中也の事を大切に思っているかが伺い知れるようだった。
は思いのほかきちんと受け応えが出来た事にほっとしつつ、帰りのエレベータを随分と落ち着いた気持ちで乗ることが出来た。

中也はただ一言、

「どうだった」

と常と変わらない様子で聞いてきた。

「とても、いい方達でした」

が笑って言うと、だから言っただろ、と中也も少し口角を上げて言うので、も嬉しくなって「はい!」と元気に応えた。
これから過酷な仕事が待っている筈なのに、なんだかはそれすらも待ち遠しくなってしまって、こんなに恵まれていていいのだろうか、といつもの疑問を胸にいだくほどには、は満たされた気持ちだった。








2017/10/28

一旦完結。ありがとうございました。

なにのぞむなく ねがふなく 09