、話がある」

買い物の後、家に帰ってから夕食後に、中也はそう切り出した。
は最初に見つけた頃に比べれば幾分健康的に見えるようにもなったし、今日誂えた服のお陰も相まって、随分マシに見えるようになった。
そろそろ頃合いだろうと思った。
何も聞かないは、聞き分けが良すぎるきらいがあった。
今の状態であれば、言われた事を何の疑問も抱かず、疑うことすらせず、はい分かりましたと言って素直に飲み込むだろう。

しかし、それではだめだ。
これからは、自分で選び取って行かなければならない。
どこで生きることになったとしても、それだけは出来なければ、いずれまた同じ道を辿ってしまうだろう。
中也としては、それを教える第一歩、のつもりだったのだが。

「僕は、何をしたらいいですか」

夕食後の食卓で向かい合ったは、苺を食べた時と同じ声で、表情もいつもと変わらず、中也が一言「話がある」と言っただけで、そんな事を言った。

「……?」
「中也さんには、たくさんのものをもらいました。目に見えるものも、見えないものも、たくさん」

は、今日買ってもらって以来常に側に置いている帽子を、隣の椅子から丁寧に掬い上げた。まるで夢でも見るような目で、帽子を見ている。

「だから、僕、決めたんです。中也さんに僕の命、使ってもらおうって」

ぎゅ、とは一度帽子を抱きしめた。
全く怯えも、疑問も、一切の不信すらも抱かない澄んだ目が、こちらを見上げていた。

「僕の命、使ってください。なんだってします。戦争に行って戦うことだって、どこかに売られるのだって、なんだって平気です。――僕は、何をしたらいいですか」

が中也に、なぜ助けたのか、何者なのかを聞かないのは、がそれらをおおよそ理解しているためだと思っていた。
何より、あの暗い裏路地で最初に中也を助けたのは、他ならぬこのだったのだから。

けれど、どうやらその真逆だったらしい。

何も理解していない。
何も理解していないからこそ、何も聞かなかったし、知ろうともしなかった。なぜなら、はきっと、ある一つの勘違いをしているからだ。

「……、俺がなぜ手前を助けたのか、分かるか」

は一瞬きょとんとした目をした。
それは、何を今更聞くのだろう、という目だったように思う。

「僕を何かに使うためです」

そう、疑いもなく言う。
これが、先程の発言の原因だ。
これは大きな勘違いをしている。
なるほど、そういう妙な(、、)理解があったから、何も聞かなかったし、勝手にそれを受け入れたつもりでいたのだろう。だから、先程の発言に繋がるわけか、と中也は軽く息を吐いた。
中也の溜息を別の意味に捉えたのか、はでも、と少し慌てたように立て続けに口を開く。

「いいんです。僕のこのちっぽけな命が何か中也さんの役に立つなら、それ以上嬉しい事はないです。だから、僕のいのち――」
「いいか」

の言葉を遮って、静かに、中也は口を開いた。
けれどいつもよりも低い声音に、自然とは口を閉ざした。

「手前が忘れてるみてぇだから、敢えて最初から言う。手前はあの裏路地で、俺を助けた」
「……、……中也さんを?……僕が?」

は驚いたように目を見開いている。

「(やっぱり覚えてねぇのか……)」
「それは……、えっと、どういう……?」
「手前は異能力者だ」
「…?」
「恐らく空間を操る異能者だろう。それを使って、俺を銃弾から2度、守った」

信じられないのだろう、は目をしきりに瞬かせている。
そんな、とか、どうして、とか困惑した様子だったが、けれども遠慮がちにこちらを見上げた。「“いのーなんとか”が何か分からないんですけど、」と前置きしてから、躊躇いつつも口を開く。

「それ、は……本当ですか?」
「ああ」

ためらう事なく頷くと、は最初は信じられないような顔をしていたが、けれども次第に、ふわりとした笑みを浮かべた。それは、そう、まるで苺を食べた時みたいなそれだった。

「――嬉しいです。こんな僕でも、中也さんのお役に立てたんですね」

臆面もなく、そんな事を言う。
中也はもう一度軽く息を吐いて、だから、と続けた。

本当は、別にの力を借りずとも、中也はその危機を回避することは出来た。
けれど中也は、どうしてもこの子供をそのまま捨て置く事が出来なかったのだ。
自分は死ぬ間際のほとんど余力のない状態のくせに、たかだか飴一つをやった、ただそれだけの男を、最後の生きるための力を振り絞ってまで守ろうとした、この、小さな子供を。

「手前のそれは、ただの勘違いだ。俺が手前を何かに利用するために助けた?面白ぇ仮説だが、生憎とそこまで人には困ってねぇ」

はポカンとした顔をしていた。
今まで命を使ってもらうつもりで中也の元に居たというのに、それがただ助けられた恩を返すためだったと知って、拍子抜けでもしたのかもしれない。

「手前は俺を助けた。だから、俺も手前を助けた。これで貸し借り無しだ。話ってぇのは、手前もだいぶ元気になったし、これからは手前の好きなように生きたらいい、そういう話だ」

最初はマフィアに入れるつもりだった。
異能を制御出来るように訓練して、マフィアの一員になるように育てるつもりだった。
けれど、そのあまりの純真無垢な姿に、途中で考えを変えたのだ。
こいつは太陽の下を歩くことこそ、ふさわしい。

それ以外に考えられなくなってしまったから。

けれど、自由に生きていい、その言葉に何より動揺したのはだった。

「そんな……僕は、中也さんに御恩を返さなきゃ、って……中也さんのお役に、立ちたいんです」
「だから言ったろう。手前が俺を助けたから、俺もそれを返した。これでプラマイ零だ。恩を感じる必要はねぇし、これからは好きに生きたらいい」
「そんな………」

はそう言って俯いた。

「生きるのに必要なものは全て用意してやろう。仕事や家や、もし親が欲しいなら里親も探してやる。お前は好きにしていいんだ」

中也がそう言うと、は躊躇ったように俯いて、何かを考えているようだった。
けれど少ししてから上げられた目は、先程までと同じ強い光を持っていて。







08








「僕を中也さんの仲間にしてください」

そう言うと、中也は驚いたように少し目を見開いてから、何言ってやがる、と困ったように声を出した。
負けじと、も口を開く。

「だって、自分の好きに生きたらいいって、中也さんは言ってくれました」

中也の役に立つことが、今、がしたいことだ。
それが出来るのはやはり、中也の側でしかありえないと思うのだ。

「だから、僕は中也さんの仲間になって、中也さんのお役に立ちたいんです。そういう生き方をしたいんです」

そう言うと、中也は呆れたような顔をした。
それはそうだろう。
中也が何者なのかも、何をしているのかも知らないのに、仲間にしてほしいなんて言ったら、呆れてしまうのも最もだと思った。

「手前なぁ……俺が何してるか知っててそんな事言ってんのか」

案の定、中也はそう聞いてきた。
けれど、には関係ないのだ。中也が何者でも、何をしていても。

「知りません」
「だったら――」
「でも、関係ないです。例え中也さんがマフィアの人でもなんでも、僕は中也さんのお役に立ちたいだけだから」

そう言うと、中也は片眉を跳ね上げた。

「はぁ」

溜息を一つ、落とす。

「お願い、します」

頭を下げると、中也は少しの間思案していたようだったが、やがて諦めたように肩を竦めたような気配を感じた。

「頭、上げろ」

言われてそろりと顔を上げた。
そこには、困ったように眉尻を少し下げて、でも仄かに笑う中也が居て。

「全く、手前は人の気も知らねぇで。折角まともな世界で生かしてやろうって言ってんのに」
「じゃあ、」
「温くはねぇ世界だ。俺は、手前の言うポートマフィアだからな」

は微かに目を見開いた。
先程は例え話のつもりで言ったが、本当にポートマフィアだったとは。あの裏路地をよく歩いている位なのだから、堅気ではないとは思っていたけれど、まさか本当に。
でも、それでもの気持ちが揺るぐことはない。

「いつ死んだって文句は言えねぇ」
「僕は、本当ならあの裏路地で死んでました」
「自分のしたくねぇことだって、たくさんやんなきゃなんねぇ時も来るだろう」
「貧民街の暮らしだって、そうでした」
「人を殺す事もある」
「中也さんの役に立てるなら、なんだってします」
「はぁ。ったく……後で後悔しても、知らねぇぞ」
「大丈夫です、そんな日は来ません」
「そうかよ。―――本当に、いいんだな」
「はい」

間髪入れずに答えると、中也は困ったような顔をやめて、分かった、と片方の口角を上げて笑った。

「そんなに言うなら、、手前は今日から俺の弟子だ。みっちり扱いてやるから、覚悟するんだな」
「――はい!」

この気持ちをなんと言ったらいいのだろう。
たくさん、たくさん大変な事が待っていると分かっているのに。
それでも、中也の隣に居るこの幸せがまだ続くなら、と。
それは甘い考えなのかもしれないけれど、自分の好きに生きたらいい、そう言ってくれた中也だから。
も、付いていきたいと思ったのだ。

それからはポートマフィアについて、言葉少なに中也に聞いてみた。
いずれ分かるからまた今度な、そう中也は言ったけれど、弟子であると言ってくれたその言葉が嬉しくて、は自分はやはり幸せものだ、と顔を綻ばせた。









2017/10/21

なにのぞむなく ねがふなく 08