失ったもの












「既にない命と思うなら、思いを同じくする者を集めてアークエンジェルへ行け!」

耳に入る言葉に、目の前が真っ白になった。

「(何、を…言っているの、義父さん…?)」

これほどまでに苦渋に満ちたトダカ一佐の顔を、は今までに見たことが無かった。
カガリ様に砲を向けた時も、また、ユウナ・ロマ・セイランにしたくもない同意を求められた時も、苦しそうに、悔しそうに、義父は顔を歪めた。
もまた、義父と同じくオーブの理念を信じ、オーブに忠誠を誓った身だ。側でずっと見てきた。
けれども、今までのどの時よりも、義父の顔は歪められていた。

「それがいつかきっと、道を開く!」

投げ飛ばされたアマギ一尉を見て、我に返った。
まだ船が揺れている。窓の外では、一つ、また一つと仲間の船が沈められていく。
船が揺れる。の思考も揺れた。
皆が悔しそうに退艦を始める中、はその流れに逆らって義父の元へ走り寄った。

「何をしている。お前も、早く行け」
「私は、私は残ります、トダカ一佐!」
「ならん、早く行け」
「嫌です、私は残らせてください!」
「ならんと言っている!アマギ一尉、彼女を連れて行け」
「嫌です、イヤ!義父さんっ!」
「……!」

たとえ血が繋がっていなくとも、過ごした年月が短くても、は“娘”であり、またトダカ一佐は“義父”だった。
オーブの理念が捻じ曲げられようとも、義父は決して逃げることをしなかった。
きっといつか、カガリ・ユラ・アスハの、自分達の信念が報われる時が来て、そうしてオーブという国は不滅なのだと、信じて疑わなかった。
もそう信じていたし、だから義父にこれまで付いてきた。


義父の信念がここで潰えると言うのなら、自分もまた。


それはにとって当然の成り行きであったし、義父が認めてくれないことの方が、むしろ理解出来なかった。
トダカ一佐は苦渋で満ちた顔を、少しの哀愁に染めて、そうして静かに口を開いた。

「…ここでお前を連れて行くわけには、いかんのだ。私の遺志を、どうか継いでくれ」
「そ、んな…。義父さん、だけど…、…」

意を決した義父の瞳が揺らぐことは無かった。
にはもう、一緒に行こうとも、ここに残らせてとも、言えそうになかった。
頭では段々そのことを理解し始めても、体が言うことを聞かなかった。とてつもなく恐ろしい出来事が起ころうとしているのだと、理解していた。
体が震えて、涙が自然と溢れて止まらない。
声が、震える。

「義父さん…、イヤだ。独りにしないで…。私、また、一人ぼっちに…なってしまう」
「愛している、。……すまん」

暖かい手がの肩に乗った。
信じられなかった、これが最後だなんて。は首を横に振った。どうしても納得出来なかった。
けれど、手のぬくもりを肩に感じた直後、腹に鈍い痛みを感じた。

「義父さ、ん……」

痛みに耐え切れず、はゆっくりと意識を手放した。
愛おしそうに、トダカがその体を支えた。

「アマギ、連れて行け」

アマギはそっとの体を抱え上げ、短く敬礼をしてから、今度こそ、もう見ることは叶わぬ上官に背を向けた。

「すまん、。…すまん」

名残惜しそうに、小さく声が追いかけて来た。アマギは振り返らなかった。










がアークエンジェルで目を覚ました時、既に全てが終わったあとだった。
アマギ一尉――もう軍を抜けたため、正確にはもう一尉ではないのだが――から、アマギと共に来た同志達と共に、これまでのオーブ軍の行いについてカガリ様に詫びた事、アークエンジェルと共に闘いたい旨を艦の乗組員の前で願い入れたこと、それが了承された事を聞いた。

「はぁ…」

は深い溜息を付いた。
食堂。
深夜の食堂には、誰も居ない。
目を覚ましてからこちら、何も食べていないことに今更ながら気がついて、は迷った挙句、自ら足を運んだ。
冷えきった食事を前にして、それでも全く手は進まなかった。
泣いてよいと言ってくれたアマギ一尉の言葉に甘えて、医務室で泣けるだけ泣いた。それからなんとかがんばって冷やしたがそれでも瞼はまだ腫れぼったい。
また滲みそうになる涙を誤魔化すように、は無理やりスプーンを口に運んだ。
本来ならば軍人が泣くというだけでもなんたる失態、それをいつまでもうじうじと。
分かってはいるつもりでも、それでもやはり完璧には割り切れないでいた。

「今食事か?」

小さな足音に続いて聞こえて来た声には顔を上げた。
目に飛び込んで来たのは、綺麗な金色。

「ッ、カガリ様っ!」

驚きのあまり目を見開きながらも条件反射で立ち上がり、素早く敬礼をする。

「いい、構わないから続けてくれ。水を取りに来ただけだから」
「、はっ。失礼します」

一旦厨房に入ったカガリはすぐに出てくると、見ない顔だな、とに声を掛けた。
本来ならば目を覚まして最初にカガリとこの艦の艦長の元に訪れるべき所、既に遅い時間だからと遠慮したのが災いしたか。
ここは、かの三隻同盟の一角を成したアークエンジェルの艦内である。
乗組員は先の第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を生き抜いた歴戦の英雄たちだということを失念していた。元オーブ軍の面々はともかく、あの(、、)無敵のフリーダムのパイロットや、アークエンジェルの艦長とすら、ふとした時に通路ですれ違うことすらもあり得るのだ。

ここはそういう場所だった。
オーブの一軍人としては何とも恐れ多いことである。

だから、食堂でカガリとばったり出くわしても、何の不思議はなかったのだ。
こんな事なら先に挨拶を済ませておけばよかった、と今更どうにも出来ないことを考えながら、は再び立ち上がり、敬礼した。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。・トダカと申します」

言い終えた途端、カガリの顔が曇った。

「では、あなたがトダカ一佐の…」
「はい、義理の娘でした」
「そうか…。医務室にいたと聞いたが、もういいのか?」

は若年の割に冷静な軍人で、トダカ一佐にも常に忠実だった。
それが、退艦の折に最初で最期の反抗を見せた。
時間が差し迫った中、トダカ一佐が止む無く、腹を殴って無理やりを運ばせたのだと、カガリはアマギ一尉から聞いていた。

「はい。問題ありません」
「よかった」

少し安心したようにカガリは顔を明るくしたが、すぐに俯いて目を瞑った。
それから意を決したようにもう一度顔を上げ、真っ直ぐにの目を見た。

「本当にすまないことをした。あなたにも、トダカ一佐にも。私が非力なばかりに、あなたの大事な父親を死なせてしまった。すまない」

散々泣き腫らしたであろうカガリの目元にも、また透明な雫が見えた。
よりも年下のこの施政者は、政を行うにはまだあまりにも幼く、また優しすぎた。

「いいえ、カガリ様。義父は、自ら散ることを選んだのです。これまでの責任は自分が被る、と」
「それこそ、トダカ一佐の責任ではない!もとはと言えば、国の暴走を止められなかった私に非があるはずなんだ。非力な私が、国の状況をここまで…!」
「カガリ様はよくがんばっていらっしゃいます。義父は、それをよく存じておりました。トダカ一佐は良くも悪くも一軍人です。政の行方は如何ともし難かった。けれど、タケミカヅチを指揮したのは、紛れもなくトダカ一佐なのです。その責は、確かに、トダカ一佐が被って然るべきなのだと思います。いえ、きっとそうなのです。だからこそ、義父は…」
「トダカ…」

知らず、の目から涙がこぼれ落ちていた。


――だからこそ義父は、このような最期を選んだのだから


理解したつもりでも、到底納得出来なかった。
行ってほしくなかった。自分を置いて。

「…すみません」
「いや、いい。……良ければ、話を聞かせてくれないか。トダカ一佐のこと。貴女のこと」
「…はい」

は頭を垂れた。
どこから話したらいいだろう。

トダカ一佐は、義父はとてもカガリ様を案じておられたんですよ。
難しい状勢の中で奮闘するカガリ様を、応援していたのですよ。

話したいことは、本当はいっぱいあった。
順番に、話して行こう。まだ少しくらいは、時間だってあるだろうから。

静かに口を開いて、はゆっくりと話し始めた。

















2013/01/13

カガリくらいになれば、当然部屋に冷蔵庫等々の備品は完備だろうけど。
わざわざ食堂に水を取りに来たのは、本当はカガリも誰かと話したかったんだよねという。