こんな日常





はテレビに向けていた目を、ふと壁時計に向けた。
半分意識をテレビに残しながら、今日は何時頃帰ってくるだろうか、と兄の事を考える。
今日は部活初日だって言っていたから、帰る時間は分からないと言っていた。
けれど、夕飯は食べて帰って来ないだろうから、一緒に食べられるようにも食事を食べずに待っていたのだ。
母は今日も帰りが遅い。夕飯を作るのはの役目だが、それももういくらか前に作り終えて、あとは温め直して食べるだけとなっている。
再びテレビに向かった思考の中に、鍵が回って玄関の開いた音が飛び込んでくる。
音の方に顔を向けると、想像していた通りの人がそこに居た。
と同じ淡い水色の髪と目、最近入学したばかりの誠凛高校の制服。
が“お兄”と呼んで慕う、3つ上の兄だった。

「お兄、またバニラシェイク飲んでる」
「ただいま」
「おかえり。夕飯入らなくなるよ」
「入りますよ。先にお風呂入ってきます」
「はーい」

いつも通りの応酬をして、は夕飯を温めるべく立ち上がった。








「鯖の味噌煮ですか。随分と渋い物を作るようになりましたね」

風呂から上がった黒子が席に着くと、と一緒にいただきますをして箸を手に取る。
お腹すいたーとは待ちわびたように茶碗を手に取った。

「なんか洋食ばっかりも飽きたしさ。最近気に入ってるの、この本」

は鯖を一口くちに含みながら、食卓に置いてあった“田舎の味”と書かれた本をつい、と人差し指で兄の方に押し出した。
ぱらぱらとめくると、なるほど、母の味と言えそうな馴染みのある日本料理が並んでいた。
は中学1年ながらにして、既にそれなりの料理の腕を持っていた。家に居ない母の代わりに、小学校4年生の頃から腕を磨いてきた成果だろう。

「次は酢レンコンが食べたいです」
「了解。でもたまには手伝ってね、お兄だって料理できた方がきっとモテるよ」
「出来ますよ、料理」
「ゆで卵だけだよね…?あれは料理とは言わないもん。ま、いいけどさ。今更だし」
「…すみません」
「いいよ。バスケ、続けるの?」
「そのつもりです」
「じゃあ、私もお兄がバスケしてるとこ見るの好きだし、ね。試合見せてもらってるそのお礼、かな」

自分から話を降っておきながら、は照れくさそうに笑って言葉を濁した。
そんな妹に有難いやら気恥ずかしいやら、黒子も小さく苦笑する。

「そういえば今日初日だったんでしょ、部活。どうだった?」

どうやらそれが聞きたかったらしいは、わくわくと目を輝かせた。

「そうですね、今日はオリエンテーションというか、導入だけだったので何とも。でも…」
「でも?」
「いえ、面白いことになりそうです」

そう言ってクスリと口元を緩めた兄に、は少し目を丸めた。

「(どうしたんだろう。今日は本当に、機嫌が良さそうだ)」

兄は普段、あまり喜怒哀楽を表に出さない。
もちろん全くないわけではないし、家の中では外よりもいくらか表情豊かになるようだったが、それでも黒子の感情表現は非常に淡白だ。
母が家に居ないことで、自然と近所付き合いなどは兄が請け負うことが多かった。大人たちとの会話に慣れたせいか、兄は敬語を上手く使いこなしたし、子どものような無邪気な表情も薄れていった。いつからか、妹のにすら敬語を使うようになった。
その兄が、どこかウズウズとでも表現するべきか、何かに対して楽しみを待っているかのように、には見えた。

「そっかー、いいなぁ」
は、中学はどうですか」
「んー、私もまだ授業は本格的に始まってないし、よく分かんないや。あ、でも制服って毎朝服考えなくていいから楽だね」
「僕もそれは中学に入った時思いましたよ」
「でも私勉強付いて行けるかなー、それが不安。英語とか、ホント使わないからいいのに」
「それは諦めるしかないですね。覚えないと、高校に行けませんから」
「ええー。分かんない時は教えてね」
「いいですよ」

また鯖の味噌煮をぱくりの口に入れながら、練習試合でもいいから試合があったら絶対に見に行かせてもらおう、とは心の中で密かに思った。










2012/11/06

黒子とのほほんとする話が書きたかっただけ。