「あいたっ…たたた……」
「なにしてるの」
「う、少佐…おはようございます」
「おはよう」

朝出勤して早々にドジを踏んでいる所を、なんとタイミングの悪いことか、少佐に見られてしまった。
呆れたような少佐の目が痛い。

「で?」
「…。…や、ソファの角に足の小指ぶつけただけ…です」

足をつかんで蹲り、涙目になった私に降ってきたのは案の定、少佐の溜息だった。
9課の人間ともあろう者が、とは自分の中の言葉ではあったが、少佐も似たような顔をしていた。

ええ、誰に言われずとも自分が良く分かっていますとも!







** 9課な日々







「報告書、読ませてもらったわ」
「あ、昨日のやつですね。どうでした?」
「綺麗に纏められていたかしら。でもあれじゃあ、クラッカーの警察に対する嫌味にしか見えないわ」
「いえ、クラッカーですんで」
「もと、でしょう。次からは視点をもっと寄せて書きなさい」
「…りょーかい」

お小言を頂戴し、うつくしい少佐の後ろ姿を見送って、私は当初の目的通りタチコマのハンガーへと足を向けた。
新しく届いたバトーさんの筋トレグッズを渡すようイシカワさんに頼まれたのだ。

「バトーさーん」
「おう、新人。どうした」

タチコマのハンガーではバトーさんが相も変わらず筋トレに励んでいた。ホント、どこを鍛えようというのだか。
バトーさんの"新人"発言に私は口を尖らせた。

「その新人っていうのやめてください…。一応もう2ヶ月はここの人間やってるんですけど」
「まだ2ヶ月、じゃねえか。そろそろ根を上げる頃なんじゃないのかぁ」
「いえいえ、とんでもありません。それよりはい、コレ。イシカワさんが届けるようにと」
「お、来た来た」

鼻歌交じりにバトーさんは早速箱を開封しはじめた。
それを軽く流して、タチコマのメンテナンスをしている赤服のもとに、ついでとばかりに足を向けた。
この思考戦車はなかなかかわいい所があって、意外と気に入っていたりする。何がかわいいって、声とか仕草とか、とりあえずその言動がかわいいのだ。

「やあ、タチコマ諸君。元気かい」
「元気でーす」
ちゃーん」

ハンガーに入って来たときからワイワイ騒いでいた彼らだが、声を掛けると律儀にも手を持ち上げて、マニピュレーターをくるくると回す。
今ちょうどコードやら何やらに接続されている1機までもが手を上げるので、こらと赤服が声を上げた。

か。ちょうどいい、ちょっとここを見てくれないか」

が近づいて行くと赤服が振り返って、何やら画面を示した。どうやら不具合が見つかったらしい。

「お前にやられたウイルスの断片がまだ完全には払拭しきれなくてね。それが方々で影響を出してる。正直、参ってるよ」
「あ、それはご苦労さまです」
「嫌味か、?」
「いえ、そんなつもりでは」

にへら、と笑う。
タチコマ3機を含め、ここのAIのお姉さん達の8割は、私の組んだ防壁迷路に取り込まれて戻れなくなり、AIの全面初期化を余儀なくされた。
あの噂に聞く9課のAIが、である。
タチコマ3機は、どうやらネット上にあげていて無事だったデータを汲み上げて再構築したらしいが、彼らが獲得したという"個性"も完全には復元出来なかったらしい。

居場所を割られるまでの間に私と9課の間で繰り広げた電脳戦はそれなりに激しいものだった。
それももう3ヶ月近く前の話のはずだが、しかし未だにこうして不具合が見つかったりする。

ちゃーん、お助け―」
「あはは、何だそれ。いいね」
「笑い事ではなーい!人間で言うところの重大な病気なんです!」
「そりゃ困ったな」

タチコマ自身も、当の私から甚大な被害を被ったにも関わらず、接してくる態度は全く悪い印象がない。それがまたこの多脚戦車をかわいいと思わせる因子のような気もする。

「うーん、ここでも何だし、私の所からつなげるようにしてもらえればこっちでやりましょうか?」
「助かる。お願いしよう」
「わーい、頼んだよちゃん!」
「はいはい」

ハンガーをあとにして、ダイブルームへと足を運ぶ。どんぱちがからっきし駄目な私の仕事場は、専らダイブルームである。

「渡して来ましたよ」
「おお、悪いな」

指定の席に着く。だいぶここにも慣れて来たが、やはり自宅の環境とは勝手が違う。
以前フル装備の状態だった自宅は、9課の潜入によってことごとく破壊され尽くしたのでもう残ってはいない。設備だけで言えばもちろん9課の方が断然いいのが揃っている。が、やはり使い慣れて勝手知ったる我が家とは、手の"馴染み"が違うのだ。
それも含めて、早く完璧にここのものを使いこなしたい所である。

「何か急ぎのものありましたっけ?」
「特にはないな」
「そうですか。ではちょっと半日ほど時間をいただきます」
「どうした?」
「いえ、赤服に雑用を頼まれまして」

そういうとすぐに接続が許可されたタチコマのハンガーへアクセス、問題のある箇所を片っ端から書き換えていった。








**







《大したもんですよ》
《どうした、イシカワ》

修復の終わったプログラムの確認をしてくるだとかで、今しがた席を立ったの背を見ながら、イシカワは少佐に電通を入れた。
まだここに来てから日の浅いの指導や観察も任されているイシカワは、先程が書き換えていたプログラムを見て、呆れにも似た溜息をついた。

《へらへらしてて最初は大丈夫かとも思ってたんだが、あいつ、たった半日でタチコマの不具合を綺麗さっぱり組み直しやがった》
《見せてみろ》

本人が言っていたように前線には出られないし、事件が起これば大体はイシカワやボーマの補佐にまわる。
その言動やらが特にだらしないといったことはないのだが、どこか間が抜けているところがあって、トグサなんかには「9課に向かないんじゃあ」、と心配までされる始末。
けれど、少佐が見込んだ腕に間違いはなかった。

《…良く出来ているな》
《全くです。あの頭のどこにこんな能力を隠し持ってるんだか》
《あら、一回覗かせてもらったら?》
《冗談じゃない。運が悪けりゃダイブルームの二の舞だ》

この前の一件で、の仕掛けたトラップに掛かってダイブルームもおじゃんになっている。の大事な機器はすべて9課によって葬り去られたが、9課が被った被害もそれなりのものだった。
超特A級クラッカーの電脳を覗くなどしようものなら、本当に帰って来られなくなる。

《やだなあ、イシカワさんにそんなことするわけないじゃありませんか》
《聞いてやがったか》
《はい。まあ、タダでは見せてあげませんけどね》
《…》

「あ、ここの所。鑑識の皆さんのメンテに支障が出ない程度に、つなぎ目をフラットにしてみました。あとこっち、タチコマ3機の個体差ですけど、ちょっと不自然な所があったんで、そこだけネット上にあったデータを元に復元し直してみました。どうです?」

赤服に話かけているのだろう、ダイブルームからデータを引っ張って確認するように流している。
それを見ながら大したもんだ、ともう一度イシカワがつぶやいた。

、それが終わったら出かけるわよ》
《あれ、私が外回りですか?珍しいなあ》
《急げよ》
《はーい、ぃいっ…!たた…》

いつものようにのんびりとした答えを返していたの声が、不自然に釣り上がる。

《…どうした》
《……いえ、なんでもありませーん》
《ケーブルに躓いて転びました》

「ちょ、鑑識さん!それ言っちゃだめ…!」

律儀にも報告を入れてくれる赤服に、今度はイシカワと少佐の溜息が重なった。















2010/01/08

なんてことはない日常の一風景。少佐好きです。かっこよすぎる。
あ、技術的なことはあまり信用しないでください…。