「夜トー?夜ト神ー?」
「おーう、こっち」
「何してんの?」
「鳩見てた。巣、作ってる」
「ああ、ホントだ。たまにこの時期になると来るんだよね」
「ふーん」
「ご飯、出来たけど」
「おう!」
目を輝かせて、夜トは呼びに来た
よりも早く居間へと駆けて行った。
「全く、現金なんだから」
呆れた声と顔ではあったが、
も満更ではなかった。
一人で食べるご飯ほど、寂しいものはない。
も居間へと戻りながら、ちらと藤棚の上を見上げた。花を付け終わって葉の生い茂る棚の上には、時折、鳩が巣の材料らしき枝を運んでくる。
今年はちゃんと、雛が巣立つだろうか。
再び飛び立っていく鳩を見上げながら、なんとはなしにそう思った。
02
夜トは始めて
と会った日から、たまにこの家を訪れてはタダ飯を食べて何日か居候をする、という事があった。
もそれを呆れて見ているが、決して拒否することはない。
今回も夜トは「また神器が逃げた」と愚痴をこぼしながらやって来た。
藤の盛りも過ぎた、5月の事だった。
食事はいつも、神棚のある居間の座敷に大きめのどっしりとした座卓を置いて、そこで摂っている。障子の開け放たれた大きめの窓からは、綺麗な夜空が見渡せた。
「前から思ってたんだけどよ。お前、なんか若返ってねぇ?」
夕食も終え酒盛りを始めた所で、夜トはじぃっと
を見たかと思うと、そんな事を言った。
夜トが
に始めて会った頃には、確か夜トと同じくらいの年頃の青年の背格好をしていたハズだ。
特にその容姿を気に留めた事はなかったが、酒の入ったグラスを傾ける
を見て、夜トは変な違和感を覚えた。その違和感の正体を考えて、あれ、と気がついたのだ。
「やっぱりそう見える?」
は困ったように苦笑をもらした。
今の
は出会った頃より少し若返って、高校生かなりたての大学生くらいの青年のように見える。高校生か若い大学生が慣れたように酒のグラスを傾けるので、それに違和感を覚えたらしかった。
「うん、やっぱりそうだ。なんかちょっと若返ったよお前」
「気のせいかなぁと思ってたんだけど、夜ト神に言われるって事はやっぱりそうなんかなー」
は軽い口調で言って酒のグラスを傾けた。
なんとなく、そんな気はしていたのだ。鏡を見る度、これはちょっとおかしいかも、と。
「……力が弱くなってきた、ってことなんだろうね」
眉尻を下げて、けれど
は思いの外気にしていないように言う。
その声音は“仕方ないね”と思っているような響きを持っていた。
「それってマズイんじゃねぇの」
このままどんどん力が弱まっていけば、果てはどうなるのか。
夜トは考えて、背筋がぞっとした。それは夜トが最も恐れていることでもあるからだ。
「そうかもなぁ」
けれど、
はあっけらかんと言う。
「危機感ねーな」
「そうでもないよ」
「……家のモンは、帰って来ないのか」
「…多分、帰ってくることはないんじゃないかな」
今はまだ時折、末代当主の子供が帰ってきて、家の具合を点検したり部屋の空気を入替えたりしている。その時に神棚への供えもしてくれる。だからまだ、かろうじて(、、、、、)
はその姿を留めている。
けれど彼らが、
の者がこの家を手放したら、それは
家の完全なる終息を意味する。
そしてその時は、恐らくそんなに遠くない。
はそれを感じ取っていた。
感じ取っては居たけれども、
にはどうする術も無かった。
自分に与えられた役割は、
の家を守ること。もうずっと、
の人間に寄り添って、守ってきた。最盛期には神器が複数居た事もあったけれど、末代が死んだ頃に、
は自ら神器達を解き放った。
それは、いずれはこうなることが分かっていたからだ。
「まぁ、仕方ないよね。時代の流れだもの」
「…だけどよ」
「ほら、これも飲みなよ。とっておきの焼酎だ」
「おー!」
二人でワイワイと飲みながら、
はあとどのくらいこの時が続くのかと考えた。
長くない事は分かっている。
けれど果たしてそれは、どれほどの時なのか。
そう考える反面、自分はもう十分生きた、とも思う。
何代にも渡って、
家の生命の誕生と死別を見守ってきた。
だから、もういいんじゃないかと。
嬉しそうに酒を飲む夜トを見て、
はそんな考えをするのもなんだか勿体無いような気になってきた。
酒を飲める体がまだあるのだから。
だから、今このひとときだけは安寧で居たい、と。
はコップに残った焼酎をくい、と飲み干した。
2014/07/01