さん…」

アリババは赤蟹塔に入ってから目を見張った。
1年程前、アリババがシンドリアを発つ頃には、やっとのことリハビリでなんとか外に出られるようになったくらいの、まだまだ病弱だった

それが今はどうだろう。

鋭い目つきで剣を握り、素早い動きで剣を操り立ちまわっている。
簡易だが手と足、胴に甲冑を纏った姿はどう見ても兵士のそれで、そこには病弱なの面影は全く残ってはいなかった。

「手首の動きが硬いぞ、肘と手首を意識して剣を握れ!次!」

どうやら今は兵士の鍛錬の最中らしかった。
は1対1で兵士の相手をしているが、全くお話にならないほど、の方が圧倒的に強かった。

「あ、ドラコーンさん…お久しぶりです」

鍛錬の様子を端で眺めていたドラコーンを見つけ、アリババは鍛錬の邪魔にならないようにドラコーンに近づいて行った。

「アリババか。無事の帰還なによりだ」
「ありがとうございます」
「どうしたのだ、今日は」
「あ、いえ。さんの部屋に行ったらいなくて、侍女さんに聞いたらこっちだって教えてくれたので」
「ああ、そういうことか。もうすぐ終わる。しばし待て」
「はい」
「………」
「なんですか?」

一旦話が区切れたものの、何か言いたそうにしているドラコーンに、アリババは控えめに尋ねた。

「いや。……は、お前が帰って来ると聞いてから落ち着きがなくてな。出迎えに行って良いと言ったのだが、どうにも一歩が踏み出せんようだ」

鍛錬を理由に出迎えを遠慮したのだと言う。なりの配慮があったのか。
アリババはの方へ視線を向けた。
聞けば、は今は近衛兵団の師団長を務める程になっていると言う。
もともと剣の腕は確かで、それがアリババが国を出てからこちら、今までの分を挽回するかのように鍛錬に打ち込んで、みるみる内に出世の道を辿ったのだと、の居場所を教えてくれた女官が教えてくれた。

「うまくなったじゃないか。相手の弱点を狙うのも良策だ。しかし全体の動きを見ていないと意味がないぞ。次!」

片目はほぼ見えていないのに、そのハンディを思わせないようなキレのある動きをしている。
は一人一人を相手して負かしては、それぞれに的確なアドバイスを与えていく。
アリババはその光景を見て、自然と口元が緩んでいた。
やっとも、居場所を見つけてくれたのだと思ったから。

「皆、お疲れだった。休憩にしよう」

キリのいい所でドラコーンが声をかけると、は額の汗を拭うとドラコーンを振り返った。
瞬間、目に飛び込んできた人物に、は目を見開いた。

「ア、リ、ババ…様…」

驚いたように一瞬呆けたが、は剣を収めて駆け足でドラコーンとアリババの元へ駆け寄ってくると、もう一度「アリババ様!」と今度はしっかりと名前を呼んだ。
アリババの前まで来て急停止する。その目は輝いていた。

「や!久しぶり、さん」
「はい、お久しぶりにございます、アリババ様」

その声が弾んでいたのは気のせいではないだろう。
以前よりもずっと自然に、その顔には笑みが乗っていた。

「元気そうで良かったよ」
「アリババ様もご健勝で何よりでございます。………逞しく、なられて……!」

があまりにも感極まったように言うものだから、アリババも照れくさくなって頭をかいた。

「うん、レームで結構、がんばったんだ」
「はい…!はい、それはもう、お姿を見た時から感じておりました。マグノシュタットでの話を伝え聞いた時には背筋が凍る思いでしたが……本当に、よくご無事でお戻りになられました。なんとお慶び申し上げればよいか…!」
「止せよ、なんか恥ずかしいな。それよりも、今は軍で働いてるんだって?」
「はい。お恥ずかしながら、師団長を拝命しております」
「すげーなぁ!元気そうに剣ふるってるから驚いたよ」
「もともと私は武人でしたので、こちらの方が実は性に合っているのです」

それだけではなく、今は自分がかつて仕えた国とシンドリアの外交交渉のため、外交官としても働いている。
外交官の任が入っていない時には、こうして部下の鍛錬を行っているというわけだ。

「そっかぁ。じゃあ、さ。せっかくだから手合わせ、しよーぜ!」
「!はい、喜んで!」
「アモンや魔力操作は使わない。純粋な剣術勝負でさ!」
「はい!」

剣で打ち合うアリババとは、それは楽しそうに試合していた。
リーチはアリババの剣の方が圧倒的に短いのだが、アリババの独特な王宮剣術はとてもキレがあり、そのスタイルによく合っている。
けれど、も負けてはいない。
この短期間で師団長にまで登り詰めた実力は、一朝一夕でのしてしまうにはあまりにも手強い。片目の見えないハンディをうまくカバーするように立ち回り、そこを突くスキさえ与えなかった。
休憩中という事もあって二人の周りには野次馬ができ、二人が際どい攻防を見せる度に歓声があがった。

「師団長ー!そこだ、いけ!」
様ー!負けるな―!」
「アリババ様もがんばれー!」

申し訳程度にアリババにも声援が飛ぶが、その他のほとんどはを応援する声ばかりだった。ここはの属する兵団なので、それも無理からぬことではあったが。

「は、はぁ……参りました……」
「よっしゃ!」

際どい所で、アリババの剣先がの首筋を狙っている。の剣は惜しくも、アリババの急所には届いていない。
アリババは大喜びでガッツポーズをした。

「はー5勝4敗……いやー、さんホント強ぇなあ!」
「いえ、アリババ様には叶いませんよ」

その割には、だいぶ嬉しそうには言った。

「いやいや、俺もだいぶ危なかったし。さっすが師団長!」
「恐れいります」

周りの人間も、賞賛やねぎらいの言葉をしきりに二人に浴びせている。
そんな二人を遠くから見守っていたドラコーンは、二人の傍まで行くと迫力ある試合に対して労ってから、せっかくだから、と続けた。

。午後はお前は非番だ」
「しかし将軍、それは…」
「兵士達によい模擬戦を見せた褒美とでもしておこうか」
「…よいのですか」
「お前は少々真面目すぎる。難しく考えるな」
「…、すみません。ありがとうございます」

そうしてとアリババは一緒に赤蟹塔を出た。
とりあえずお昼を町で食べようという話しになり、どうせだからアラジンとモルジアナも呼んで、皆で町を散策しようという話しになった。
普段着に着替えて出て来たは、アリババ、アラジン、モルジアナと一緒に王宮を出て、町へ降りていった。

お姉さん、久しぶりだね!」
「はい、アラジン殿。ご無沙汰しております。少し背が伸びましたね」
「うん、そうなんだ!」
「モルジアナ殿も。すっかりお姉さんになられて」
「あ…、えっと、ありがとうございます」

とアラジン、モルジアナも、久しぶりの再会に笑顔で近況を語り合っていた。
そんな様子を傍で眺めながら、暗い表情がもうすっかり鳴りを潜めたに、アリババは知らず、笑みを浮かべた。

「アリババ様?」
「ん?うん。なんか、いーなーと思って」
「はい…?」
「――いや、なんでもない。それより、やっと念願の、だな」
「!」

そう言ってアリババはニシシと笑った。なぜかその笑顔がの目に焼き付いて離れなかった。
やっと。
そう、やっと、みなで町に降りる事が出来る。

「――はい!」

も、とびきりの笑顔で笑った。












2014/06/01

番外編1。次でホントのホントに最後です。

愁嘆の深淵に木霊する 11extra