18
パチリ、と
は目を開けた。
2・3度瞬いてから俯いていた顔を上げると、ちょうどこちらを見ていたナルと目が合う。
「終わったようだな」
確認のような聞き方をするということは、事の経緯は真砂子から聞いていたのかもしれない。
ずっと俯いていて若干痛む首をさすりながら、
はうん、と頷いた。
「終わったよ」
「結局除霊か」
「私は元々除霊のつもりだったけど」
「そうか」
「………
」
隣から声が聞こえて
が横を向くと、今しがた目覚めた麻衣が
を見ていた。
体外離脱した時に倒れたらしい身体を起こしながら、まぶしそうに目を諌める。
「お、麻衣も目が覚めたか」
こちらは滝川が麻衣に声を掛ける。
麻衣は少し控えめに笑って、それから少し複雑そうな顔をした。
「助けたかったんだけど……ダメだった」
「……仕方がありませんわ。あの方は、もう、引き返せない所まで来ていたということです。そうでしょう、
さん」
「そうだね。さっきも言ったけど、彼は完全に堕ちていたからね。それに、田尻相馬は消されたがっていたような節もある」
「それがやっこさんの名前かい?」
「うん、そう名乗ってました。長きに渡る戦いに、疲れていたんでしょう」
「そっか……」
「ほら、もう終わったことだし、問題は解決したんだから少しは嬉しそうな顔しましょーよ」
がいつもの調子でのんびりと言うと、今度こそ麻衣も少し表情を緩めた。
「そうだね…。これで大家さんは安心だもんね」
「そうそう」
無事、除霊が成功したことに皆安堵の息をついた。
の住むマンションにも、ひどく久しぶりに思える平穏が、再び訪れようとしていた。
*
「麻衣ー」
「あ!
、こっちこっち!」
人でごった返す渋谷で、
はやっとのこと麻衣を見つけた。
「ひえー、さすが都会。さすが渋谷。すっごい人。人に酔うわこれ」
「休日は特にねー」
この日、
は麻衣と駅で待ち合わせをしてから、SPRの事務所に訪れることになっていた。
既に事件から2週間ほどが経っていた。
一応
にも“協力者”としてのギャラが支払われるというので、
は有り難くもらっておくことにしたのだ。
銀行振込でも全く構わないのだが、
はちょっと興味があったので一度事務所を見せてもらいがてら、ギャラを受け取りに来たというわけだった。
「お邪魔しまーす」
駅前の喧騒を抜けて落ち着いた道を歩いてからしばらくして、SPRの事務所に辿り着いた。
小洒落たドアを開けると、久しぶりに見る安原が出迎えてくれた。
「あ、
さん。いらっしゃい」
「えーっと安原さん、でしたっけ。その節はどうも」
「いえ、こちらこそご協力ありがとうございました」
挨拶もそこそこに、
は応接セットに促されて腰を落ち着けた。
事務所内を見回してしきりに感心していた
は、すぐに出て来た紅茶にも感心しっぱなしだった。
「すごいねー、革新的だね!世の中の心霊事務所はみんなこういう風にすればいいんだよ、そうすりゃ少しは懐疑的な客の心象も良くなるのに」
「あはは、
褒めすぎ」
軽く談笑していると、扉の一つからナルが出て来た。
相変わらずの真っ黒な出で立ちに、なんとなく笑いがこみ上げてきて
は仄かに笑った。
「どしたの、
」
「いや、なんか安定の黒だなと思って。うん、いや、安心するわー」
「何がですか」
調査の時にしか会っていなかったけれども、およそ半月ぶりに会っても変わらない口調、表情、服装、その他もろもろの所作に、つい顔がゆるんでしまったのだ。
からかいやそういった物の類というよりは、むしろそれは、変わらないことへの安心に近いような気がした。
「いやいや、なんでも」
は笑みを引っ込めると、向かい側に座ったナルを見ながら改めて口を開く。
「今日は休みの日に押しかけて申し訳ない」
「別に。それよりも、これがギャラと、領収書だ」
席についてから早速本題に入ったナルに、相変わらずだな、と
はまた笑い出しそうになる顔を必死に我慢した。
書類に名前を書いて、差し出された封筒を受け取ってから
はしばし沈黙した。
「………、……こんなにもらっていいの?」
「
の働きに対する妥当な金額だと思うが。いらないなら返してもらっても構わないが?」
「ありがたく頂戴します」
即答で答えると、ナルは軽く肩を竦めてから席を立った。
「では、またよろしくお願いします」
そう一言言って、先ほど出て来たばかりの扉へ再び消えていった。
「っはは、ホントに用件だけ!」
「ごめんねぇ、
」
「いいよいいよ、どうせいつもああなんでしょ?」
「うん、まあ、そうなんだけど…」
「だろうと思った。しかし、“また”ってなんですかね、またって」
最後に言われた一言が、案外問題だったような気がする。
「あはは…。まぁでもあたしとしても、調査の時にまた
に手伝ってもらえれば心強いんだけどね。……お家柄的には難しいかな、やっぱり」
「うーん、とても微妙なトコだね…。ま、でもピンチで助けを求められてんのに、それ放っとくのも人道に悖るしね。なんとかなるんじゃないかな」
「なんとかなっちゃうものなんだ?」
「うーん……多分?」
「なにそれ」
それに二人でくすくすと笑いながら、麻衣の入れてくれた美味しい紅茶に舌鼓を打った。
すっかり居心地が良くて、その内安原も混ぜてからのんびり雑談に勤しみ、「まだ居たんですか」とナルにイヤミを言われる程度には長居してしまった
は、今度こそ腰を上げて事務所をお暇した。
麻衣はそのままバイトだと言うので、安原と麻衣にはしっかりと挨拶をしてから、帰りは一人で道玄坂を歩いた。
懐が暖かく感じるのは、何もギャラが良かったからだけではないだろう。
今日は夕飯を少し贅沢にしようと考えながら、次はいつ会えるだろうか、と心の底で
は思った。
2015/05/03
稚拙な文章に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
ゴーストハント、とても楽しかったです。もっとゴーストハントファンが増えますように!