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一夜明けた次の日の朝。
意外にも1日目からしっかりと反応はあった。
聞いていたように、人の居ないのに動くエレベーター、決まった時間に練り歩く白い影等々、思っていたよりも多くの霊障が1日目から現れてくれた。
霊は外部の人間が来たら一時的になりを潜めることも多いのだが、ここの霊はそういうわけでもないらしい。しかしそれらは特に反発と呼べる程の反応でもなく、昨晩は比較的平穏に時間が過ぎた。
聴取していた内容には無かった場所で、昨日の晩にほんの少し気温の下がった場所に機材を追加で設置するということになり、麻衣が荷をバンまで取りに行っていた時、ちょうどマンションからゴミ袋を持った女性が出て来た。

「おはようございます」

住人には出来るだけフレンドリーに接するように、との佐久間からの要望で、麻衣は出来るだけ明るい声でにこやかに挨拶をした。若い女性の住人も、まだ眠そうな目を重たげに開きながらも、麻衣を見て「おはようございます」と一言返す。
住人がマンション前にあるゴミステーションにゴミを置きに行っている間、麻衣がバンから荷物を取って戻ってくると、その様子を見ていた女性はコテンと首を傾げて麻衣に話しかけた。

「マンションのメンテナンスか何かですか?」

それにしては若い女の子だ、と不思議に思ったのだろう。
欠伸を噛み殺しながら、女性はバンの方に目を向けていた。

「あ、えーっと、はい。そんなようなものです」

あまり住人には迷惑を掛けないでほしいと言われている手前、正直に応えるのも憚られて、麻衣は曖昧に相槌を打った。

「…あ、もしかして大家さんが言ってた調査の人?」
「え?あ、はい…」

佐久間はマンションの住人には今回の調査の事は詳しく話していないという話しだったが、どうして分かったのか。
そうやって考えれば、そういえば麻衣には一つ心当たりがあった。

「もしかして、301号室の方ですか?」
「ん?うん、そうだけど。どうして分かったんですか?」
「あ、やっぱり。あの、大家さんが、301号室の人になら話しを聞いてみたらいいかもって言ってたので」
「大家さんがそんな事を?」
「はい」
「んーなんでかな」

女性は変なの、と言ったふうに首をかしげる。
佐久間はSPRにそういう風に伝えたことは女性には言っていないようだった。

「あの、あたし、谷山麻衣って言います。さん、でしたよね」
「うん、そう。です」

と名乗った住民はこつん、と緩く頷いた。
どうにも、のんびりとした感のある女性だった。
手の空いた際にでも再びを呼びに行くように、とナルには言われていたので、ちょうどいい、と麻衣は口を開いた。

さん。あの、お時間があるときにお話を伺いたいんですが」
「うん?私は別にいいですけど…今日は授業があるんで、夕方くらいからでもいいですか?」
「はい、大丈夫です。大学ですか?」
「うん、そうそう。今日も今日とて普通に授業です。じゃ、またあとでー」

はもう一度大きな欠伸をしながら、エレベーターホールの方へと戻って行った。















夕方、ベースとして使われている部屋のチャイムが鳴って麻衣が出てみると、そこにはが立っていた。

「どーも」
さん!わざわざ来てくれたんですか?」

麻衣が驚いていてそう言うと、は「はあ、まあ」とのんびりとした答えを返した。

「そういや君らがどこに居るのか聞いてなかったんで、たまたま通りかかった大家さんに聞いてこっちに来てみました」
「すみません、本来ならこちらからお呼びしに行かなきゃいけないのに」

恐縮しながら麻衣がスリッパを出す。
いやー別に、とこれまたのんびりとした口調でが返答する。

「おんなじ建物だかんね。どっちでも変わらんですよ」

と言われてしまっては、麻衣も苦笑しながらお礼を言っていた。
は促されるままに、ベースになっている居間へと歩みを進める。

「どうぞ、こちらです。ナル、301号室の人、来たよ」
「どーも。お邪魔します」

ベースに通すと、パソコンに向っていたナルがちょうど立ちあがった所だった。

「こちらへどうぞ」

促されて、ナル、麻衣、それには向かい合うようにして食卓の椅子に腰掛けた。

「私は渋谷と申します。さん、ですね。このマンションには2年ほど前から住んでいるとか」
「そうですね。大学入学してからなので2年と3ヶ月くらい前ですか」
「大家さんからは、今回の調査についてはどこまで聞いていますか?」

どこまで話を聞いていいものか、そこまでは佐久間は言及しなかった。まずはどこまで話をしていいものかを見極める必要がある。
話を聞いてみては、とは言われたものの、彼女もここの住人であることには変わりがない。
少し慎重に話を進めるつもりでそう聞いてみたのだが、はあっけらかんとそれに答えた。

「なんかマンションに霊が出て困ってるんで、心霊調査事務所の専門家に来てもらうって聞いてますけど」

どうやら、その心配は無駄だったようだ。
ナルはそれでは、と本格的に質問に入るように、ファイルを広げた。

「では、いくつか質問をさせて頂きたいのですが――」
「あ、その前にこっちからも聞いていいですか?」

ナルの話を遮って、が口を開いた。

「はい、なんでしょう」
「あなた方は、どういった点から“事件”を解決するつもりですか?」

妙な事を聞く、と麻衣は横で聞いていて思った。
普通に考えるならば、心霊研究などという未知の分野に対して恐らく多少なりとも疑いのようなものがあるのだろう。だがそれにしてはは随分とのんびりとしたスタンスで、あまりSPRの面々を訝っているという感じでもない。
ならば、その質問の意図はどこにあるのか。
どうにも、掴みにくい人だった。

「主に依頼された場所で起こる現象を、科学・超心理学の観点から調査し原因を突き止め、それに見合った解決策を見つけます」
「へぇ。科学的な調査もされるんですね?」
「無論です」
「素晴らしいですね。もし調査した結果、現象の犯人がいわゆる霊やその類だった場合、どうするんです?」
「場合によりますが、協力者の助力を得て除霊あるいは浄霊を行います」
「協力者って霊能者ですか?」
「そうです」
「ふーん…。責任者はどなたです?」
「僕ですが」
「へぇ。渋谷さん、でしたっけ。あなたも霊能者?」
「違います。僕は研究者です」
「研究者。ちなみにご専門は?」

は随分と深く掘り下げて内容を聞いていた。その言いようは全くこの分野を知らない人のそれではなく、むしろこの分野に少し、あるいはかなり精通している人であるような印象だ。
普通、心霊現象の研究をしている事務所、などと言うと、胡散臭い目で見られるか、頭ごなしに馬鹿にされるか、詐欺師呼ばわりされるか、ともかくまともな対応は見込めない。
そんな事は既に麻衣もその他のメンバーも慣れっこなので、それについて今更とやかく言ったり思ったりはしない。
それだというのに、彼女はどうだろう。
訝るどころか、むしろ規定の質問で確認しています、とでも言うような妙な手際の良さがあった。

「超心理学です」
「なるほど、なるほど」

佐久間が、この人には話を聞いてみたらいいと言った意味が、麻衣には今なら少し分かるような気がした。
ナルの答えに納得したのか、は面白そうにベースを見回し、モニタの前のリンをちらりと見やって、それからまたナルに視線を戻して微笑んだ。

「分かりました。とりあえず、ご協力させてもらいましょうかね」

のその笑顔は、どこか意味ありげな笑みだった。








2014/12/13

蘇った守護者達 02