「中也さんっっ!!」
振り返れば、目に飛び込んでくるのはまばゆい閃光。
馬鹿、と咄嗟に中也の口をついて出た言葉は、閃光と共に広がる凄まじい爆音にかき消された。
閃光に目を細めながらかろうじて見えた視界には小さな背中が映る。両手を精一杯前へと突き出して、異能を最大限に発動させている。そのまだ小さな両の手の向こう側は、熱波と爆風が今にも全てを飲み込まんと破滅の手を広げている。
中也に向けて放たれた高出力の爆発物から、咄嗟に
が身を呈してかばったのだ。
ず、ず、とその力に押されるように
の身体が後退する。
まだ完全には使いこなせていない異能のせいか、風やほんの少しの熱がこちらへ向かって勢い良く流れてくる。だが、本来ならば一瞬で文字通り人間を消し炭に出来るはずの熱波に比べれば、まだそよ風のようなものだ。
さすがにずっとこの状態で居れば、先に
が力尽きてしまう。
そう思って中也が加勢しようとした刹那、弾かれたように
の身体が後方へと吹っ飛んだ。その身体を中也が受け止めると同時に、
の異能が掻き消える。
しかし、更に中也が異能を展開させるまでもなく、熱波と爆風の嵐は静まり始めていた。
閃光が収まり中也が辺りに視線をやれば、先程
が立っていた位置から半円を描いた外側は、見るも無残に焦土と化していた。地面やそこにあった物体はもちろん、そこにいた部下達も例外ではない。
中也が歯噛みしたい思いで、けれど
に目を戻す。
「おい、
!」
少し離れた位置に居たというのに、咄嗟の判断で爆発物と中也の間に身を滑り込ませたらしかった。
の袖は肘の辺りまで破けて、手の平は熱傷を負っている。
は肩で息をしながら、地面に座り込んだ。
「ちゅう、や、さん……大丈夫、で、すか…」
「ああ、手前のお陰でな」
そう言うと、
は自分の怪我なんてお構いなしに、嬉しそうに、けれど弱々しく微笑んだ。
「良かっ、た、……間に、合っ、て」
確かに、あの熱波と爆風は、直撃していればいくら中也と言えどもただでは済まなかっただろう。
身を守ってくれたことも、有り難いと思う。
けれど、
「あんま無茶すんな。手前の異能はまだ未熟なんだ」
褒めてやりたい、という気持ちよりも先に出たのは、怒りにも似た焦燥だった。
は、自分の身よりもまず中也の事を優先してしまう。
中也を優先して、中也が怪我をしないためにはどうするのが最善かを考えて行動する。そのために自分の身が焼かれようとも、そんなことは二の次だ。
それは、中也の立場から考えれば褒めるべき行いだと分かっているのに。
「す、みま、せん……」
は一応謝るものの、全く反省した様子はなかった。
それに呆れつつも、ぱたりと気を失った
を一旦その場に横たえて、中也は立ち上がった。
「さぁて、たんまりと礼をしてやんなきゃなぁ」
中也の視線の先には、こちらが生きていることを信じられないものを見るかのような目で見返してくる敵勢力。
先程よりも随分と見晴らしの良くなってしまった広場に、重力の波が無慈悲なまでに押し寄せた。
番外2
最近はたまに任務にも連れて行ってもらえるようになり、いまだ活躍どころか大した役に立ったこともなかったが、それでも
は中也と同じ戦場に立てることを誇りに思っていた。
は攻撃というよりも防御に向いている異能であるため、あまり最前線には立たせてもらえない。けれど防御や位置把握に秀でた能力であることもあり、中也などその作戦ごとの司令を出す人間の側に置かれることが多かった。
前線に出るのを好む中也のこと、敵の殲滅作戦も終盤に差し掛かった頃、後衛で指揮を取っていた中也が前線へと向かうという。それに
は同行させてもらえるようになり、はりきっていた最中だった。
もう殲滅完了も目前という所で、敵勢力は最後の最後、隠し持っていた切り札を切った。
それは確かに、タイミングでいえばマフィア側の意表をついたいい攻撃だったと言えるかもしれない。それこそ、この作戦の中では最高位の幹部である、中也に手酷い打撃を与えるくらいの。
空間把握が得意な
は、それでも知らない土地や建物では、その能力を充分に発揮するにはまだ鍛錬が足りないとはよく言われることではあったが。いち早くその異変に気が付いた
は、考える前に咄嗟に身体が動いていた。
――中也さんが、危ない
それが、きらりと脳に閃くように、
の思考に飛び込んできた。
守らなければ。
自分の生きる意味を。
この居場所を、与えてくれた人を。
そう思ったのと同時、
の脳裏にはある風景が走馬灯のように通り過ぎていった。
そう、あれは確か、薄暗い裏路地での事。
今と同じようなことが、あった。
あの時は、今よりも全然力が無くて、それどころかもうほとんど死ぬ寸前だった。
けれど、守りたい、と。
あの時確かにそう思って、そしてその願いが形になったのだった。
それを、今、思い出した。
中也さん、と無我夢中で
は光と中也の間に飛び込んだ。
最初から最大出力で異能を解放した。
熱波が空間に凄まじい速度で広がる様が手に取るように把握出来て、それに合わせるように
は異能発動の範囲を調整した。仲間も入るほどに範囲を広げたかったが、そうすると肝心要の中也の守りが薄れてしまう。
咄嗟の判断で、最大出力を維持しながら、広げられる最大の範囲に異能を展開したが、
の空間把握能力は、そうすることによってどれだけの仲間が焼かれたのかを正確に把握していた。
謝りたかったけれど、それよりも何よりも、まずはこの熱波と暴風を遮断することに意識を集中させた。
手先が熱い。完全には防ぎきれなかった熱が、膜を展開させる
にまで届いていた。折角の一張羅の袖が無残にも焼けて破けるのを、早く終われ、早く過ぎされと、祈りながら歯を食いしばって見ていた。
爆風がほとんど収まりかけた時、同時に
の異能もプツリと切れた。反動で後に吹っ飛ばされて、何かにぶつかる。
いや、受け止めてくれたのは中也だった。
見上げた先で、中也は驚いたような、困ったような、嬉しそうな、そしてちょっと怒った顔をしていた。
手が痛い。肩も痛いし、息はしづらいし、ついでに力を出し切ったせいか意識も朦朧とする。
けれど中也が無事だった、ただそれだけで、
は自分の惨状なんてどうでもよくなった。
中也さんが無事で良かった。
薄れ行く意識の中で、思ったのはそれだけだった。
目を覚ますと、
は自室の寝台に横になっていた。
マフィアで働き初めて少ししてから、
はいつまでも中也に世話を焼いてもらうわけにもいかないと、中也の隣の部屋を借り、一人暮らしをするようになっていた。
けれど、寝台脇には本来居るはずのない中也が居て、目が合うと中也は一瞬目を瞬いて、それからふ、と笑った。
「目が覚めたか」
「………はい。すみません、僕、また、迷惑を…」
ここに居るということは、中也が運んでくれたということだろうから。
けれど中也は心外だ、というふうに肩を竦めてみせた。
「よせよ。今回は手前のお陰で俺は無傷だったんだ。むしろ俺が感謝するほうだ」
「……」
それを聞いて、
は熱波が押し迫る中で見えた風景を思い返していた。
そういえば、それのお陰で
は中也に拾ってもらえたわけだった。
それを、あの一瞬を争う緊張した最中に、思い出したのだ。
「どうした?」
急に押し黙った
に、中也が不思議そうに口を開いた。
「……あの裏路地で、僕………鉄砲の弾が、飛んできて、それで……」
「―――思い出したのか?」
「……はい。今日、あの爆発に滑り込んだ時、ああそうだ、って……。あの時も、守らなきゃって…、思って。なんでか、あの裏路地で起こってることが、手に取るように分かって。今日も、同じで………異能のお陰、だったんですね」
「そういうこったな。……また助けられた。感謝してる」
「そんな……僕こそ、拾ってもらえて、感謝しきれないくらい、感謝してます。……ありがとう、ございます。僕、生きてて良かった」
その言葉に中也はふ、とまた笑うと、
の頭をぐしゃぐしゃと撫でてから、部屋を出ていった。
中也の口元に仄かな笑みが乗っていて。
「(ああ、幸せだ、な…)」
なんて。
中也が台所で何か作る音を遠くに聞きながら、
は微睡みに微笑んだ。
2017/11/11
最後までお付き合いくださりありがとうございました。