04
「どうして銃を使わないか?」
いつものように、今日も
は武装探偵社の事務所に居た。太宰の下敷きにされているのは、お決まりとなった“仇討ち”に、これまたお決まりのように失敗してしまったからだった。
横で見守っていた敦が、太宰が取り上げた
のナイフを見て一言、どうして銃じゃなくてナイフなのか、と。
太宰はそれを聞いて不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあ……使い方知らないからじゃない?」
「使い方くらい知ってる!」
それに
が威勢よく噛み付く。
確かに、銃であれば殺傷力は抜群に飛躍するだろう。そんなものを事務所でぶっ放されたらたまったものではないが。
「あれ、じゃあ単純に持ってないからな?」
「……銃はだめだ。間違って人を殺したら大変だから」
が申し訳程度にそう言った事に、太宰はふぅん、と特に興味もなさそうだったが、敦は少し意外に思った。
太宰死ね、といつも息巻いて事務所に訪れる
が、間違って人を殺しては大変だと言う。
が殺しに慣れているとまでは思っていないが、それなりに耐性というか、そういうものはあるのだろうと思っていたから。だから、そんなふうに言う
が少し意外だった。
彼も一応、“人を傷つける”、“人を殺す”ことは、大変なことだという認識は、常人並に持ち合わせて居るらしい。もちろん、それは仇である太宰には向けられない感情ではあったが。
どけよ、と太宰の下で暴れまわる
に太宰は一つ息をついて、地面にナイフを置いて立ち上がった。いてて、と捻ったらしい手首を反対の手で持ちながら、
はのっそりと起き上がる。無事な方の手で地面に置かれたナイフを拾い、慣れたように腰の後ろのホルダーに戻した。
それを見計らったように、
に声が掛けられた。
「お茶でもいかがですか?」
声を掛けたのは事務員だった。
たまに事務員の手が空いていると、
はお茶を勧められることがあった。
最初は
は警戒して“いらない”と突っぱねて早々に退散していたものの、いつだったかちょうど社員が休憩中に襲撃に来た時には、休憩していた社員に勧められるがまま大人しくソファに収まってお茶を飲んでいった。
基本的には、仇討ちに失敗したと見るや捨て台詞を吐いてさっさと帰る
だったか、今日はお茶に誘われた事もあって、
は大人しくソファの端っこに、申し訳程度に浅く腰掛けた。
すぐに湯気の立ったお茶が出されて、ついでに心ばかりの茶菓子まで供された。
「銃は……使ったりすることがあるの?」
一緒にお茶を用意された敦が向かいに座る。お茶を一口飲んで、茶菓子に手を出して、何か話題を、と思って先程の話しの続きをすることにしたらしい。
さすがに、10を過ぎたくらいの
が銃の使い方を知っていると豪語したことに、敦は驚きを覚えたのだった。
「……あれは商品だから。使い方くらい、知ってる」
「商品?」
「………仕事の」
そう言って、
は湯呑みを手で包み込んで、一生懸命ふうふうと息を吹きかけていた。
仕事、と敦は10歳前後の子供の口から出るにはいささか不釣り合いに思える言葉を、胸の中で反芻した。
10を過ぎたくらいの彼が、仕事をしているという。その商品は、拳銃を含む銃火器なのだろう。もちろん、それが彼一人で行える仕事だとは思わない。
敦も探偵社に来てから様々な経験をして、彼がどんな状況にあるのか、推測するくらいの知識はあった。
「仕事、してるんだ」
それは金を得る手段があるということであり、生きる術を持っているということだ。
貧民街で暮らす彼には仕事があるだけでも幸運なことだろうが、それをくれる人間は、もちろん堅気であるはずもなく。
「うん。でないと生きていけない」
「そっか…大変だね」
「そうでもねぇよ。仕事世話してくれる人がすんごいいい人で、よくしてくれる。あの人は、信用出来る人だ」
それは
が唯一信頼している人だった。
貧民街で餓死しかけていたのを助けて、食べ物と仕事を与えてくれたのはその人だった。彼がいなければ、
は文字通り、野垂れ死んでいただろう。
この闇が蔓延る横浜に於いて、
は彼のことだけは信頼していた。
「俺が今生きてんのもその人のおかげなんだ」
「――そっか。いい人に出会えて、よかったね」
今ここで、それは誰だと突きつめるつもりは無かったし、そもそも聞いても
は答えてくれないだろう。
敦は当たり障りのない答えを返すと、
が少し嬉しそうに、どこか照れるように口角を上げた。
「うん」
は素直に首肯した。
おや、と敦は思う。
彼がこんなに相好を崩すのは、少し珍しい。
「どうせ堅気ではないのだろう」
休憩を取ろうと思ったのか、国木田が今しがたソファのある応接セットにあらわれて、敦の隣に座った。
「そりゃ、まぁ。貧民街に手を差し伸べてくれるのは、いつだって社会から外れた人間だけだ。御頭のお陰で俺は生きてるんだから」
「どこぞの組の、頭目か」
「……そんなとこ」
それくらいの情報で、国木田達が
が世話になっている組に何をすることもないだろうと分かっていたので、
もそこまでは素直に答えた。
国木田は、“御頭”について少し自慢げ話す
を見て、どうにもやり場の無い気持ちが湧いてきて、眉間の皺を深くした。
子供を使って商売をしている人間だ。
そういう人間は、優しくしている振りはとても上手いし、巧みに子供を利用し操るが、けれどそれと同じくらい簡単に子供たちを切り捨てる。
社会の屑だ、と言うのは容易いが、しかしそれが
を救っているのも事実だろう。
は利用されていると知っていて使われているのか、それとも本当に信用しきってしまっているのか。
まさか本当に善意で貧民街の子供を助けているわけではないだろう。
どちらにしても、“御頭”の事を少し嬉しそうに話す
に、そいつらは信用ならない、と忠告した所で、その真意が届くことは残念ながらないだろう。
「あ、お茶菓子、どうぞ」
いつまでも茶菓子に手を出さない
に、敦がさり気なく茶菓子を勧める。
このくらいの年齢の子供ならば、茶菓子を出されれば喜んで食べそうなものだが、
は今までも勧められて茶を飲んだとしても、茶菓子に手を出したことは無かった。
「………、ありがとう」
はそう言って軽く頷いて感謝の言葉を口にするし、茶菓子に目をやったりもするが、茶菓子に手を出すことはない。
それから少し他愛のない話をしてから、仕事に戻ると国木田が言ったのを皮切りに、
は事務所から引き上げていった。やはり、最後まで茶菓子に手をつけようとはしなかった。
「やっぱり食べませんねぇ」
事務員が湯呑みを片付けに来て、
が手を付けなかった茶菓子を見て軽く息を付く。
「え、ああ、そうですね。一応勧めてはみたんですけど」
「珍しいですねよねぇ。子供だったら、真っ先にお菓子に手を出してくれそうなものですけど。いえね、事務員の間で、あの子は何だったら食べるんだろうって、話題になった事があって」
以前は乾き菓子しかなかったので、きっと乾き菓子はあまり好きじゃないのだろうという話になって、今日は子供の好きそうなチョコレートやスナック菓子や飴などを用意してみたのだけれど、と事務員は湯呑みと茶菓子を盆に乗せながら言った。
お菓子を食べないのは何か意味があるのだろうか、という話で敦と国木田は少し話してみたものの、どれも推測の域を出ない。
単に遠慮しているんだろう、と国木田が結論付けて、その場はお開きとなった。
2017/03/11