02
「おい、太宰」
「なんだい、国木田君」
「なんだいじゃないだろう。ソレ(、、)はどういうことだ」
任務中、昼に立ち寄ろうとした食事処の前での事だ。
いつかの時のように、「太宰、覚悟!」と叫んで飛び出して来た少年に、国木田は咄嗟に懐の銃に手を伸ばした。けれどそれは抜かれる事無く、今もホルダーに収まっている。
飛び出してきた少年はと言うと、あっという間に太宰に転がされて、地面に這いつくばっている。その子供の上に、まるでそれが椅子かなにかのように座っているのが太宰だった。
その様子を見て、国木田は「ソレ」と表現したのである。
この“奇襲”は、実は既に片手で数え切れないくらいには起こっている事件(、、)だった。それでもこれまで太宰は他の社員に一応気を使って、敢えて一人になった所を迎え打っていたのだが。
今日も今日とて、ずっと付けられているのは気がついては居たのだが、こうも回数を重ねると、わざと口実を作って一人になるのも面倒になってしまったのだ。
太宰は軽くいなして奪ったナイフを片手に、はあ、と一つ溜息をついた。
「どうにも、最近変なのに好かれてしまったみたいでねぇ」
「好いてなど居ない!こら、どけ!あいてててて!」
軽く腕をひねってやれば、たまらず子供は悲鳴を上げた。
「おい小僧。白昼堂々奇襲とは、穏やかではないな。一体何があったというのだ」
子供相手に手加減してやれ、と太宰に言いたい所ではあったが、お天道様がまだ天空を支配する時間帯から、いくら人通りが少ないとはいっても公道で堂々とナイフを振り回す子供に、国木田も現状に甘んじるより他ない。拘束を解いてはまた色々と面倒が起こるのは目にみえているからだ。
「うるさい!俺は太宰を殺すために来たんだ、お前には関係ない!」
「…………おい太宰、今度は何をやらかしたんだ」
「酷いなぁ、言いがかりだよ国木田君」
「言いがかりなんかじゃない、こいつは、この男は、家族の仇だ!」
その言葉に国木田は目を丸くした。
そういうこと、なのか?
組合の一件で、国木田も太宰が過去にマフィアであった事実は知っている。
子供の言いようは、要は太宰が子供にとっての仇である、と?
探偵社時代にそんなことをしているはずがないので、そうなると自然とそれは太宰の過去に繋がる話だろう。
「くそ、どけよ!」
じたばたと暴れる子供に、太宰はやれやれと腰を上げた。
太宰の下からはいでた少年は、捻り上げられていた腕を庇いながら、まるで手負いの野良犬のような鋭い目つきはそのままに、太宰と距離を取った。
「君、名前は?」
「お前に名乗る名前なんてない!」
「困ったねぇ。では殺し屋君、余程時間が有り余ってしょうがないらしい君に良いことを教えよう」
いいこと、その響きに素直に黙る子供に、国木田は少し少年が心配になった。そんなに素直で、大丈夫か?と。
その物言いと言い、振る舞いと言い、パッと見はどう見ても堅気には見えない子供は、しかしそうとは思えないような素直さを持っている。それで果たして裏社会でやっていけるのだろうか、と国木田はしなくていい心配までしそうになった。
「私は自殺が趣味なのだよ」
「………は?」
ぽかん、と少年は口を開けた。マヌケな声が出ていることにも無頓着に、顔には“こいつ何言ってんだ”と書いてある。
「君がわざわざ手を下すまでもなく、私は遠からず君の前から居なくなる。無駄な労力に時間を割くのは賢い人間のやることとは言えないなぁ」
「……でも、だったとしても、俺がお前を殺すんだ。俺がお前を殺そうとすることと、お前が勝手に死のうとすることは、関係ない」
「まあ確かに、その通りなのだけどねぇ。しかし、こうも公道で堂々と奇襲をかけられちゃ、言っちゃ悪いんだけどちょっと迷惑なのだよねぇ。人に迷惑をかけない、クリーンな自殺が私の信条だ。君に殺されてやるのも悪くはないが、人に迷惑が掛かる方法はやめてくれ給えよ」
そう言って続いて太宰は、口角を上げて笑った。
「だからね―――、」
2017/02/25