突然の爆風に吹き飛ばされ、は咄嗟に受身を取った。ごろごろと地面を転がり衝撃を受け流してから体制を立て直し、足でブレーキをかけて起き上がる。
爆煙で視界が悪く、何が来てもいいように音の方を見据えて身構える。自然と得物に手が伸びた。

「桂ァっ!!」
「…なんだ?」

何かを追いかけるように走る怒声とバズーカの嵐。
先程の爆風は、そのうちの一撃がのすぐ傍に着弾したものであるらしい。間もなくして、追われていた長髪の男は爆煙と高笑いとともに、姿を消した。

「あーあ、また逃げられたィ」

少し離れた所で涼しい顔をしてバズーカを下ろす青年に、知らずは顔をしかめた。今や江戸は、色んな意味で、危険な町だ。










蘇るのは











爆煙が風に流され漸く晴れた視界に、驚いた顔の黒制服の青年がこちらを見ていることに、こっちが驚いてんだけど、と胸中でつぶやく。

「あーあ。折角買った袴が台なしだぁ、こりゃ」

一瞬目があったが、ふい、と沖田から顔を逸らしたは身につけている男物の袴についた埃をはたいて、ひどく迷惑そうにつぶやいた。パタパタ手を動かすだけでこれでもかと言うほどの埃が出てくる。擦り切れたり小さな穴が空いたり、買ったばかりの袴は見る影もない。

「大丈夫ですかィ」
「あんたがやったんでしょ。私でなかったら死んでるところだ」

バズーカ砲を背中に抱えたまま、と同じ年頃の少年が近づいてくる。黒い制服に白いスカーフ、腰には刀を下げている。それを見つけては軽く目を尖らせる。

「あんたもしかして幕府の関係者?それが往来でよくもまあ、一般市民を巻き込んで暴動まがいの事を堂々と。江戸の町も落ちたもんだ」
「はァ?あんた、真選組を――」

――知らねえんですかィ
そう言おうとした沖田は、どこか見覚えのある顔に言葉を途中で止める。

「…?」
「…ん?」

次いで出た自分の名前には沖田を再度見直した。今確かに、自分の名を呼んだ。
そういえば、もしかして、自分の名前をつぶやいたこの男は―――

「………誰だっけ?」

誰だか分からなかった。
確かに見たことあるような気は、しないでもないのだが。

「総悟ォ!テメ、どんだけ物壊せば気が済むんだコラァァァ!!」

刀を振り回しながら走ってきた男に目をやる。
なぜだか突然、懐かしい武州の景色を思い出した。

「あ――、トシ、さん?」

髪も短くなっているし服装も全然違うけれど、あまり変わらない風貌に名前が口をついて出た。
――この人がトシさんで、しかも今…、じゃあこれは

「……総悟?あんた沖田総悟か」

記憶にある姿よりも大人びた、けれどもまだあどけなさの残る青年を見やる。

―――随分大きくなった。
それを言えば、自分だって目の前の彼と同じだけ歳を重ねたのだけれども。

そうでさァ、無表情に頷いた青年に、これはまた懐かしい面々に会ったもんだとは顔を綻ばせた。が、すぐに不機嫌そうな顔を作ってつぶやいた。

「こんな所でそんなモン振り回して何やってんだよ、この不良ども」















「真選組、ねぇ」

“真選組屯所”と看板の掲げられた立派な門扉を見ては複雑な顔をしてつぶやいた。
武州の田舎で顔見知りだった二人を江戸で見かけただけでも驚いたというのに、今や江戸を守るお巡りさんとは、どこをどう間違えればこんな事になるというのか。
が宇宙(そら)に行っていた間に、色んなものが変わり過ぎていた。あの片田舎の芋侍がよくもまあやるものだ。
局長はあの近藤さんという話だから、皆がついて行くのも分からないでもないのだが。

「にしてもトシさん。髪どーしたの」
「うるせぇ、切ったんだよ」
「ふぅん。総悟さあ、帯刀出来る身分でなんでバズーカ?」
「こっちの方が気に入ってるんでさァ」
「一般市民のことも考えろよな。マジで」
「つーかこそ江戸で何やってんでェ。今までどこに行ってやがった」

近藤を初めとした武州組はにとって顔なじみ。だって武州の道場に通っていた一員だ。が武州を離れたのはみんなが江戸に上がる少し前のことだったが、江戸で一旗あげようなんて話自体聞いたことがなかった。
最も、もうすぐ武州を離れようというのために、敢えて近藤さん辺りが言わなかったのかもしれないが。

「主(あるじ)が商談で江戸の町に用事があってな」
「主?」
「雇い主さ。地球に来んの久しぶりだし、楽しみにしてたんだけどなぁ」

あんたのせいで台なしだ、との文句は黙殺された。

「てぇことはなんですかィ、宇宙に行ってたんで?」
「今はこれで食いつないでるからな」

手を銃の形にして撃つ仕草をして見せる。

「…銃?」
「そ。傭兵みたいなもんさ」

金で雇われ、あちらこちらへ飛び回る根無し草の日々。昔は多少心得のあった剣術も、今では腕も錆付いた。代わりに今は専ら銃一筋だ。

「総悟、お前の着物貸せよな」
「なんでですかィ」
「誰のせいでこんなになったと思ってんだ!これじゃ主のトコ帰れねぇだろ!」

こんな、とは灰かぶり状態のことだ。屯所の廊下を歩きながらは声を張り上げた。
話しを聞く限り“武装警察”との名を冠するぐらいなのだから激務で忙しく、知り合いに挨拶云々どころじゃないだろうと思ったのだが、ちょっと寄ってけよ、と意外にも土方から言われ、は少し足を向けることにしたのだ。

昔語りも悪くない。そう思った。

近藤さんには随分お世話になった。
いろんな事情やいざこざが重なって武州の田舎を離れざるを得なかったが、しかしそれまでは本当に良くしてもらっていた。
もしもが武州を離れずにそのまま残っていたなら、間違いなく近藤に付いて、土方や沖田と一緒に江戸へ昇っていたに違いない。

「ま、適当にくつろいでいけや」

屯所の廊下を3人で歩いていると、土方はそう言ってさっさと執務室らしき所へ引っ込んでしまった。

「何、まだ仕事?」
「当たり前だ!」

ちらりと見えた文机には山となった書類と、吸殻が山盛りの灰皿。

「(トシさんに書類仕事なんて向いてない!)」

心の中で叫んでみたが、よくよく考えてみると、あれで意外に細目な方だった気がする。あのタバコの量を見るに相当ストレスも溜まっているのだろう。
それにしても、土方がを屯所に招くなんて珍しいこともあったものだ。土方が他人を気に掛けるというのがそもそもおかしな話だが、どちらかと言えば、気に掛けたのはではなく近藤の方だろうと思う。久しぶりにが近藤に顔を見せれば、近藤は喜ぶに違いないのだから。土方は面と向かってそんなことは言わないだろうが。

「お前はいいわけ、総悟?仕事あんだろ。私のことなら気にしなくていいんだけど」
「大丈夫でさァ。いい口実になりやすしねェ」
「……。一応聞くけど、何の口実?」
「サボリに決まってんだろィ」
「だろーとも」














「てか、総悟出てってくんない?」
「んだァ、ここは俺の部屋だぜィ」
「女の着替え覗く気かこの破廉恥野郎ォオオ!!」
「…………お前女だったんですかィ」

本気で驚いているふうの沖田をは部屋から問答無用で蹴り出した。
バシン、障子がそれだけで壊れそうなほどのすさまじい音で閉められる。

「つーか、男物の袴ですぜィ」

沖田のものなのだから、当然である。
出てきたにそう言うと、こっちのが動きやすいんだ、と素っ気なく返された。

「そういう問題かよ男女。色気ねェの」
「うっさいな、お前に言われたくねーよ女顔」
「上等だァ、抜けやこのアマ」
「やったろーじゃねーかこのクソガキ」

お互いに得物を取り出し、一発触発かと思いきや、

「ぎゃーぎゃー騒いでんじゃねぇよ」

ごつん、平等にと沖田の頭に降ってきたのは土方の拳骨だった。

「暴力反対ー!」

涙目になりながらが言う。全く可愛くない。

「銃振り回してた野郎の言うことか!近藤さんのとこにはもう顔出したのかよ」
「ううん、今から行くけど」

土方の機嫌がまた下がったのは言うまでもない。
トシさんはどこ行くんですかというに、近藤さんとこだ、と言うので、はその後を付いて行くことにした。沖田も、しぶしぶ歩いて続く。









「近藤さん、ちょっといいか」
「おう、なんだ」

返事と同時に障子が開く。近藤が顔を上げると、ほぼ同時に何かが首に抱きついてきた。

「近藤さん!久しぶり!」
「え?え?ちょっと待って、君誰………ってじゃないか!」

一瞬、いきなり飛びついてきた人間に驚いたものの、その顔に懐かしい面影を見つけて、近藤は顔を明るくした。
最後に見たのはもう随分と前だし、それから成長して大きくなっているけれど、近藤は間違えることなくその名前を言い当てた。
忘れるはずがない、己の家を出て食客として近藤の道場に住まわっていたに間違いない。

「はい、お元気そうですね!」
「お前もな。いやぁ、懐かしいなあ!どうしたんだ今日は、地球に用事でもあったのか」
「うん、主が商談でね。時間もらえたんで、町まで降りて来たんだ!そうしたら偶然総悟とトシさんに会ってさぁ、驚いたの何のって」

二人が和気藹々と話を進めていくのを、沖田はつまらなさそうな顔をして見ていた。

――なんでェ、だらしねェ顔しやがって

さっきまでああ言えばこう言う口の悪いとは別人になってしまったかのように、その顔は笑顔に彩られ、楽しそうに近藤と話をしている。
しかも、近藤はが宇宙に行くことを知っていたようである。しきりに今までの生活や旅のことを気にかけていた。女の子なんだから危ないことばかりしてちゃだめだとか、まるきりお父さんのような事を言っている。

確かに、は総悟と同じように、よく近藤に懐いていた。剣の腕は比べるまでもなかったが、他の門下ともうまくやっていたし、幼いなりに、しっかり背筋を伸ばして生きていたのを覚えている。

「近藤さん、書類、ここ置いとくぞ」
「ああ、悪いな。トシもちょっと休憩していけよ」
「俺ァ忙しいんだ」

そう言うと土方はさっさと部屋を後にした。変わんないなぁあの無愛想なとこ、とがそれでも面白そうに言う。あのルックスの良さもムカつくくらい変わんないね、と言うと近藤は苦笑した。
沖田は座布団を引き寄せて座り、勝手知ったる我が物顔でお茶を入れ、茶菓子に手を出していた。










その晩は、遠慮をするの言葉は聴かなかったことにして、近藤は宴会を開いた。何分急なことだったので、主に顔馴染みの隊士以外を屯所に残して、町の小さな居酒屋を貸しきって騒ぐということになった。
主に連絡入れなきゃ、とは口を尖らせていたが、それでもその顔は酷く嬉しそうだった。

「あーあぁ、なんか遠いなあ」

だいぶ酒が回ってきて皆がほろ酔い気分になってきた頃、上座に座る近藤の隣で、は眼を細めてぽつりとつぶやいた。

「ん?何が遠いだって?酒が足りなかったかな?おーい、もっと酒お願いします!」

頬を赤くして上機嫌の近藤が呼ばわると、すぐに酒が出てくる。
の目の前には綺麗にお膳に並べられた色とりどりの料理、尾頭付きの鯛、武州の田舎にいた頃には滅多にお目にかかれなかったもの達ばかりだ。

「いや、そうじゃないから近藤さん」
「ん?」
「あの頃から、もう随分と経っちゃったんだなあって、ちょっと思っただけなんです。あの頃はこんな豪勢な食事も、酒も、夢のような話だった」

随分と遠くまで来てしまった気がする。
皆は隊服を来て、江戸の町を守るという大義の元に身を置いている。腰には刀を差して、激務をこなし、時に命を張って戦っている。その仕事に誇りを持っている。

――では、自分は?

今は幾分長い期間同じ主の元に留まっているとは言え、結局はまた主を変え、得物を変え、宇宙(そら)を飛び回る。
大義はどこにあるのか。
いや、そもそもそんなものはもとから存在しなかったのではないか。
では、自分は、何のために生きてきたのか。

「みんな、守るもののために戦ってる。すごく立派で、すごく、まぶしいよ、近藤さん。私にとってはさ、眼を開けて見てるのがつらくなる位に、みんながすごく眩しいんだ」

みんな、変わっちゃった。だから少し寂しい。

ぽつりと小さな声でつぶやくを見て、近藤は酒の手を止めた。
けれども、口の端を少し上げて、ふ、と笑う。

「だから、遠いってか?」
「――」
「そんなこたぁねぇだろうよ、。お前は確かに根無し草でやってるだろうけど、仕事や生き甲斐に上も下もねぇよ。それでいいじゃねえか。お前はお前でいいじゃねぇか」

くい、近藤が酒を嚥下する様子を見上げて、もつられて笑みがこぼれた。

「かなわないなあ、近藤さんには」

随分と酒で思考が下向きになってしまっていた。
空になった近藤の猪口に酒を継ぎ足しながら、は他に類を見ないほど綺麗なものを見たように、鮮やかに笑った。

「さ、飲みましょう近藤さん!」











「またあんなに近藤さん飲ましやがって。お前はブレーキ役じゃなかったのか」
「いいじゃないか、たまには。久しぶりだったしさ」

べろんべろんに寄った近藤をやっとのことで屯所に連れ帰り、布団に入れた頃にはもはや土方からは溜息しか出てこなかった。

「トシさんも今日はありがとう、楽しかった」
「ふん、柄にもねえ事言ってんじゃねェよ。槍が降るだろうが」
「確かに」

くしゃり、昔よくそうしていたように土方はの頭をかき回してから、軽く手を上げて暗い廊下へと消えていった。
この人も、何だかんだ言って、変わらない。
そのことが嬉しくもあり、同時に懐かしく哀しくもあった。

「はー、私も酔い覚ましたら帰るかな」

もう朝方も近いが、ここで眠ってしまうと帰るのが昼になってしまう。
何より、この心地いい場所にいると、脚から根が生えて、もう2度と宇宙(そら)へ帰れないような気がした。

顔だけ洗って帰ろうと井戸へ足を向けると、先に人影が立っていた。

「あれ、総悟」
「まだ居やがったのかィ」
「悪かったな。顔洗ったら帰るよ」
「そうかィ」

昼間と違い、袴姿の総悟は年相応に見える。なんだかその違いだけでまた、胸が軋む。

「………。刀ってのは、重いのか?」
「なんでェ、藪から棒に」
「――別に」

思ったから口にしただけ、そう言うものの、の視線は立てかけられた刀へと注がれていた。
何か思うことでもあるのか、それともその刀の意味を測りかねているのか。
沖田は無表情に、しかし何とはなしに、口を開く。

「…一本、やるかィ」

は少し驚いた顔をして沖田を振り向いた。総悟がそんなこと言うなんて。
沖田はいつもの無表情で、本当にどちらでも良さそうに言った。けれど、に選択する余地を残していた。“刀の重さ”を問うたの言葉に滲み出た感情に、気がついたのかもしれない。

「……ああ、やろう」











カツン、カツン、木刀の乾いた音が道場に響く。裸足で道場の板を踏む音、木刀が風を切る音、の上がった息の音。

「息あがってますぜィ」
「ちょ、おま、ちょっとは手加減しろよ…っ!」

現役の武士と、随分前に道場剣術を習っただけの者の剣の腕の差など歴然としていた。
は息も絶え絶え、対して沖田は余裕綽々の表情でからかうように言った。明らかに力の半分どころか1割も出していないような剣さばきで、しかしはそれを防ぐのだけで精一杯だった。

「いっ…!」
「勝負ありー」

しびれたの手が木刀を離すのに時間はかからなかった。
尻餅を付いたを見下ろすように、沖田は首に木刀を突きつけた。

「は、はぁ……前から腕の立つヤツだとは、思ってた、ケド…おま、化物だな……」
が弱すぎんだろィ」
「あんたが強いんだ!」
「言ってて虚しくならねェか、ソレ」
「はぁ、は……フン、そうでも、ないさ!」

完全に参ったの体制を取っていたは一変して、突きつけられた木刀を掴んでぐいと引いた。それくらいでは沖田はビクともしない。が、その力を利用して立ち上がり、素早い動きで懐の内から黒いものを取り出した。

「――これで脳天ぶち抜けば、私の勝ちだな」
「……木刀でだって人は殺せるぜィ」

互いの得物が、互いの急所に向いていた。
の自動拳銃が沖田のこめかみに。
沖田の木刀がの首筋に。

「試してみるか?どっちのが速いか」
「そいつぁ面白れェ。真選組一番隊隊長をナメんなよ」

一瞬にして、二人を包む空気が重くなった。まるでそこだけ、分子の密度が増してしまったみたいに。
沖田から発せられる眼に見えない圧力が、びりびりとの肌を刺激した。
やられる。
は一瞬心の内でそう呟きそうになったが、辛うじてそれを押しとどめた。それをしてしまえば、恐らくその言葉は現実になる。

月が傾きを変える程の時間に感じられたが、しかし、おそらくはそんなに長い時間ではなかった。

「やめやめ。ここで総悟の命もらったって、なーんも面白くない」
「へっ。よく言うぜィ。命拾いしたな」
「フン。てめぇの力量測ったのさ」
「口だけは達者だなぁ、オイ」
「何とでも言え。あーあ、興が削がれた。さて帰るかな」

得物を懐にしまい、はうーんと伸びをした。
雲から少し顔を出した月が、申し訳程度に辺りを照らしていた。

「精々、不逞浪士に背中取られないように気をつけな、総悟」
「余計なお世話だィ。さっさと帰れ」
「はいはい、言われなくてもそうするよ。じゃあな」

ひらりひらり、軽く手を振って今度こそは門に向かって歩き出した。








ここは酷く居心地が良くて。
知っている人間ばかりではないのに、どうしてか武州の田舎を思い出す。
理由はなんとなく分かっているけれど、それを認識してしまう前に早々に引き上げなければと思った。
長く居ては、根が生えてしまいそうだったから。

「あ、袴…」

自分には宇宙(そら)が似合いだ。
その広大な広さも、自由な生き方も。

「…ま、いっか」

いつかまた地球に戻った時の楽しみとして取っておくのも、悪くない。
は門前で振り返り、“真選組”の看板をひたと見上げる。

深々と、一つ礼をして。

身を翻し、今度こそ振り返らずに、自分のあるべき場所へと帰っていった。




















2011/10/11

不完全燃焼…