「バルカンドラゴンを撃滅せよ!」
若い女の声が響いた。
荒れていた場は、すぐに戦場と化した。
「(これは私、死ぬなぁ…)」
は思った。
勘だった。
だが、確実にそうなると思った。
「(――けど、死ぬわけにはいかない!)」
咄嗟に体を反転させて、
はトラックの影へと身を滑りこませた。敵を前に一発も撃たなかったことを知られれば処罰ものだが、今
を気にかけていられる人間など居ない。
敵の銃撃は容赦なく仲間だったモノを貫いた。
いや、仲間と言っても腰掛けと思って入ったバルカンドラゴンの私兵部隊だ、親しみも感慨もなかったが、それでも数日は共に過ごした仲間だった。
「(赦せ…)」
聞き慣れた銃声に耳をそばだてながら、それでも自分の身がどうすれば助かるのかだけを考えていた。
武器商人の女
嫌な予感はしていたのだ。
ココ・ヘクマティアル、聞いたことくらいはあった。
のような一介の傭兵にはあまり関わりのない人間だと思っていた。が、そのHCLI社の空輸機が空を通り過ぎた時、それは間違った認識だったことを知った。
バルカンドラゴン、通称バルドラ。今の雇い主。
彼が睨む先に、彼女がいた。
「(恐ろしく銃撃の正確な奴らだ)」
仲間が倒れる音が響く。トラック前に展開していた部隊はもとより、トラックの運転席、荷台に居た仲間も全て銃弾に倒れた。
動く者はみな、標的だった。
こちらもそれなりに数は居たはずだが、敵が倒れる様子は全く無かった。
何て奴らだ、
は心の中で悪態をつく。
敵は相当な手練ばかりのようだった。
こちらだけが一方的にやられている。英雄と言われたバルドラの私兵部隊が、である。
銃声を聞きながら
は脇に小銃を構えていた。しかしそれは未だ天を向いたままで、相手に向ける気配はない。
今反撃しようものなら、すぐにでも周りの仲間と同じ道を辿るだろう。
は機会を待っていた。
相手が全ての敵を殲滅したと思ったその時が、最初で最後の、そして唯一のチャンスだ。
はその時を待っていた。
バルドラが仲間を見捨てて、一人、人質と共に逃げた時に、心は決まった。
私兵部隊を抜けよう。
いや、既に結論は出ていたのかもしれない。あの空輸機を見た、その時から。
もとよりそんなに長く居座る気もなかったのだ、それが少し早まっただけ。
“クリア”、敵が口々に言うのが聞こえた。
もう、
の仲間は全てやられてしまったらしかった。この、短い時間で、これほどまでに正確に。
「こちらのダメージ」
武器商人の声だ。
少しして、誰かが小銃を下ろす音が聞こえた。
――今だ、
は飛び出した。
一番近い場所に居たのは少年兵。
怯まずにナイフを構えて突進する。
「なっ…!」
少年兵が
に気がついて銃を構えるより早く、小銃を叩き落とした。次いで足の銃を引きぬいた少年兵の腕を強打し、銃を取り落とした腕を掴んでひねりあげる。
体を羽交い絞めにしてからナイフを首に突きつけた。
殺す気はない。
殺す気なら、影から銃で狙えばいいのだ。しかしそれでは、少年兵は仕留められるかもしれないが、次には自分が死んでいるだろう。敵は一人ではない。
だから、これは賭けだった。
うまい条件を出した上で、交渉に繋げるための。
バシ、口を開く間もなく、
のナイフを持った右手から血がほとばしった。
は驚愕に目を見開く。
これだけ少年兵と密着した状態で、その銃撃は正確に
の右手を貫いた。少年兵に突きつけていたナイフが意図せずに弾き落とされる。
「っ…!」
すぐに2撃目が来る。
殺られる――!
目を瞑った。
「撃つな!」
声が上がった。
聞き間違いでなければ、それは武器商人の声だった。
ココ・ヘクマティアルが、静止の声を上げたのだ。
「……」
は訝った。
どうして止めたのか。自分を殺すことに躊躇する理由はどこにもないはずなのに。
左手で右手を抱え込んで、膝をついた。すでにこちらに反撃オプションはない。
少年兵の拳銃が
のこめかみに強く押し当てられた。
「生きていたとは驚きだ。今までどこに隠れていた?」
を見据えたココ・ヘクマティアルが、微笑しながら口を開く。
右手は少年兵に向けて制止を指示するように掲げられている。
「…トラックの影に」
「お前はこちらを撃って来なかったな。なぜだ?」
「バルドラに恩はない。私兵もたまにはいいだろうと思って入った部隊だ、そんな所で命を落とすのは御免だからな」
「ふふーふ。いい目だ。そうだな、お前を飼ってやってもいい」
――なんだって?
は耳を疑った。
今の今まで敵だった相手だ。それを、急に、雇ってやるだなどと。
「私兵もいいと思ったのだろう。なら私の部隊に来い。それとも今ここで死ぬか?」
これ以上考える時間は与えてやらない、これはそういう宣告だった。
それはそうだろう、バルドラの勢力圏でこれだけ派手にどんぱちをやってのけたのだ、すぐに派手な反撃が来る。そうなる前に、一刻も早くここから飛び立ちたいのだろうことは、誰が考えても自明だった。
「…ふ、全く見上げたお人だ。いいだろう、お前に飼われてやる」
「減らず口を」
そう言って、ココ・ヘクマティアルは笑った。
白い商人、彼女に
は飼われたのだった。
2014/09/19
n番煎じですみません。でも書いてみたかったのです。楽しかった。