いつか










「せっ」

バシッ

突き出した拳は相手の屈強な腕に阻まれて胴体には達しない。それを見越していたようには更に回し蹴りを入れてから、相手の素早いパンチを右にかわす。拳が残像を貫いたが、その頃にはすぐに次の一手を打ち込んでいた。

「動きにキレが出てきたじゃないか、
「いつまでもマリのおっさんに負けてられないっての!」

二人の打ち込みは続く。
しかしいつもそうであるように、今回もまた、先に根を上げたのはの方だった。

「でっ!」

ごつん、耳に痛い音がして、が地に伏せた。

「~~~っ!」

痛みのあまり声が出ない。頭を抱えてのたうち回る小さな体に、マリは柔らかな笑顔を向けた。
一番下の妹弟子はまだまだ修行の真っ最中。身長が2mに届く巨漢のマリに、対して15歳ながらも150cmほどのの力の差は歴然としている。単純な身体能力、エクソシストとしての経験や知識、応用力、どれをとってもはまだどの兄弟弟子と比べても力が劣る。
それでも手加減するなという彼女の言う通り、マリは手加減をしたことがない。お陰ではマリに勝てた試しがない。

「だが、詰めが甘いな」
「くぅ~……っ!……っの、鬼!スパルタ!」
「弱いのはだろう」
「チクショ!覚えてろよ!」
「医務室行けよ」
「べーっだ!」

ああ言われればこう言う、まさしくは反抗真っ盛りのオトシゴロだ。
しかし同年代のリナリーに比べれば”女らしさ”は微塵も見当たらない。普段の服装も団服も男物で、当の本人ですら自分を女と認識しているかは怪しいところだ。

「イター…あ、神田」

あちこちが青あざがあるのはすでに慣れっこで、湿布だけもらって医務室を出て、食堂に足を向けた所で神田に会った。

「よ、久しぶり」

確か、が神田に会うのは1年ぶりぐらいのような気がする。
故意にそうしたわけではなく、偶然にもすれ違いが重なっただけだ。特に用がなければ連絡を取り合うこともない。そうして偶然に任せていたら、ここ1年会わなかった、それだけのこと。

「何してやがんだ」
「マリのやつにまたやられたんで、湿布もらってきた」
「はっ、その弱さは健在ってか」
「言ってろよ。その内泣きを見るぜ」
「笑えねぇ冗談だな」
「いつかその刀へし折ってやる」
「何十年先の話だ、そりゃ」
「神田が気が付いた頃には後の祭りさ」

口の悪さにだけは定評のあるである。なんといっても、あの神田と違和感・遜色ともになく”スムーズな”会話になる。
兄弟弟子や付き合いの長い教団のメンバーとは一様にそうであると言えるが、との会話は”口の悪さ”で全くの同タイプの会話が成り立つのだ。
この二人の間ではすでに挨拶とも言える応酬が終わってから、示しあわせたわけでもないのに、二人は同じ方向に歩き出した。

「神田、メシか?」
「ああ」

一緒に行こうと約束をしたわけでもない。また、常にそうするというわけでもなかった。
たまにこうして二人の時間が合って、同じ時間に同じ場所へ行くのなら連れ立って行く。
二人は良くも悪くも、ただの兄弟弟子でしかない。相手を邪険したり、逆に気に入っていたり、特別な感情は持ち合わせていない。
ただ、だからこそ返って二人はお互いを、在って当たり前の存在のように感じていたし、それが二人の”普通”だった。










「任務?」
「あたしとこいつで?」

珍しく二人の顔が一斉にこちらを向いて、伝えに来たリナリーは苦笑いを浮かべた。

「そう、これ資料よ。兄さん今手が離せないみたいだから、詳細は道すがらファインダーに聞いてくれ、って」
「何に忙しいんだ怠慢野郎」
「ごめんね。ファインダーはもう下で待ってるわ」
「そして今すぐ出発なのかよ…。任務って楽しいなぁ」
「行くぞ、
「へいへい」
「行ってらっしゃい!」

つかつかと船へ向かって歩みを進める神田の後ろ姿を見て、は溜息を一つ。
口の悪い神田だが、こと”任務”に対してはどこまでも実直な姿勢を貫く。”任務”のために自分を殺すことを当たり前だと思っている。
そんな姿勢にはただ関心するばかりだった。認めたくないが、彼はエクソシストとしては非常に”優秀”だ。戦闘能力も、その素質も。

、足引っ張るなよ。でないと見捨てるぜ」
「アホ抜かせ。誰に向かってその口聞いてる?」
「お前以外いねぇだろうが」
「フン、そんなヘマはしないさ。死ぬ時は潔く一人で死ぬ」

がそう言うと、射すくめるように神田の目が鋭く尖る。

――ほら、そうやって神田は睨むんだ。

「(見捨てるって言ったの、お前だぜ)」

神田はいつも言葉と気持ちが裏と表で背中合わせ。しかもひどく屈折している。
彼の言うことはひどく冷たく人情味が全く感じられない、そう思う人間は多いけれど、長い付き合いである人たちはその言葉がどの感情に由る所なのかを察知することが出来た。
それはひどく分かりにくいが、これも法則性を覚えれば意外に簡単であったりする。

はニヤりと口の端を持ち上げて笑った。

「んだよ、気持ちわりぃな」
「いんや。前見てないと足踏み外すぜ」
「てめぇぐらいだろうよ、階段から落ちるのなんざ」
「相当昔の話だろ、ソレ」

いつか、この無愛想な兄弟子と、肩を並べて歩いてみせる。
は団服の裾を翻し、また、背中を追って歩き出した。















2010/01/31